ひんやりさせてくる妖精 チューリッシュ

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

ひんやりさせてくる妖精 チューリッシュ

2261ff9c-e718-4845-bfa4-2bc3b28286c3  今日も洋一郎之介は、家でお母さんがハードディスクに録画していた歌番組の一部分を繰り返し見ていました。それは、セーラーズというおじさんロックバンドの「吼えろいい男」という往年のヒット曲を、本人が数十年ぶりにリメイクして歌っているシーンでした。  彼の類まれなるマイクスタンドさばきと熱のこもった歌いっぷりに、洋一郎之介の目は釘付けになっていたのです。 「かーっ! 初めて見たけど、セーラーズはホントにカッコいいぜ。なんてーの? この熱さ、激しさ、そして観客を煽っているのに、誰もノッてこない一人ぼっち感、堪らないぜ~!」  テレビの中の観客はオジさんバンドの頑張りにいまいちついてこれず、ひんやりとした空気が漂っていました。それとは正反対に、テレビの外の洋一郎之介は彼らのパフォーマンスに激熱です。  何度も繰り返し見ては、歌い踊りました。そうこうしていると、部屋も体も暑くなってきて、アイスを食べて体を冷やそうと冷蔵庫へ走りました。 「ふーっ。暑い暑い。こんな時は、アイスを食べまくろう」  洋一郎之介が、冷凍庫のドアを開けると、ドライアイスに水を掛けた時のようなスモークが広がり、その中からポンッと何かが飛び出してきました。 「ぎゃっ! 何だ何だ?」 「やあ! ひんやりしたいかい? ひんやりしたいんだろう?」  突然、謎の存在に話しかけられて困惑する洋一郎之介。その実、洋一郎之介は、そんな登場の仕方をする存在は妖精しかいないだろうと思っていました。 「僕の名前はチューリッシュ。ひんやりさせることに定評のある妖精だよ」  その存在は、ボディがコーンアイス。手と思われる部分には棒アイス、足にはカップアイスで構成された、見た目は可愛らしい小さな妖精でした。 「ひんやり? ちょうどいい。ひんやりしたかったところだ。早くやっておくれ」 「いいだろう。よく聞いておくんだよ。ある日、一人の女の子が家で留守番をしていた……。すると、玄関のチャイムが鳴ったんだ……。しかし、インターホンの画像を見ても誰もいない……。おかしいな~おかしいな~と思っていると、また鳴った。そして、見てみるとやっぱり誰もいない。女の子は怖いな~怖いな~と……」  チューリッシュはどこかで聞いたような、夏になると出てくるタレントのような口調でボソボソと話し始めました。  しかし、洋一郎之介はその喋りがうまく聞き取れず、アホ面で小さく「え? え?」と繰り返しています。  その様子を見ていたチューリッシュは、深いため息をつきました。そして、蔑むような目で洋一郎之介を見据えます。 「キミさあ、話、聞く気あるの? そんなバカ面で」 「だって、聞こえなかったんだもん。しょうがないじゃないか!」  洋一郎之介がそう弁解すると、今まで可愛らしい表情を見せていたチューリッシュなのに、急に少女漫画に出てくる無意味に冷たい少年のような表情になりました。 「だからバカは嫌いなんだよ。キミ、ひんやりする気がないなら、無駄に呼び出したりなんてしないでくれよな」  チューリッシュは、冷たく言い放ちます。 「俺が……呼び出したんだっけ?」 「お前、自分が何をしたかも分からねえの? マジでバカだな。オレ、お前みたいなの嫌い」  何かのキャラクターでも憑依しているかのようなチューリッシュのクールな言いっぷりに、洋一郎之介も段々と悲しくなってきました。 「俺は……俺は……ただひんやりしたかっただけなのに……」  こんなに妖精に冷たくされたことは初めての洋一郎之介は、何だか自分が悲劇のヒロインになったつもりで、目に一杯の涙を溜め、訴えました。  するとチューリッシュは、今度は急に洋一郎之介の顎をクイッと上げて、ニヤリと笑います。手は棒アイスなので、若干ベトッとしました。 「泣くなよ。でも、泣いてるお前ってけっこう可愛いな」  そう言われた洋一郎之介は、背筋が一気に凍り付きました。完全にドン引きしている洋一郎之介を尻目に、チューリッシュは良い男風情で、ウインクしたりします。ますます背中がゾゾっとしました。  すると、 「ひんやりしたかい? ひんやりできたなら、これでいいんだ。それじゃね」  と、急に元の口調に戻り、出てきた時と同じようにドライアイスのスモークを通って冷凍庫へ帰っていきました。  洋一郎之介が、もう一度冷凍庫を覗いてみると、もうそこにチューリッシュは居ませんでしたが、食べようと思っていた『ジャリジャリ君』は完全に溶けきっていました。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!