大切なこと

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「なんか友佳の雰囲気、高校に入って変わったよね」 千夏が私の横であんパンを口に頬張っている。部活終わりは腹が減るらしい。これで家に帰ったら夕食をおかわりするというから驚きだ。 「変わったってどう言うこと?」 そういう私も駅前のコンビニで買ったコロッケパンの袋を開ける。 コンビニの出入り口横のベンチに腰掛けると、バスケコートを走り回った足からふわぁと疲労が抜けていった。夏が終わって、秋になりかけの風が少し汗ばんだ肌の上をなぞるように吹いていて心地いい。 「中学時代の友佳のこと知ってる一年が驚いてたよ?もっと近寄りがたい人かと思ってましたって」「あ、それでもサバサバしてるのは想像通りですとは言ってたけど」と千夏は笑いながら付け加えた。 ふーん、と私は相槌を打ちながら、誰だろうかと頭に思い浮かべてみる。 多分ひな子かな。 私は間を埋めるように、コロッケパンを口に頬張った。 ソースの酸っぱさとじゃがいもの甘さが口の中に広がる。 「優しいって意見もあったよ」と千夏はニヤニヤしながら私を見てくる。 「私が優しい、か……」 「よくやってるぞ、新キャプテン」と千夏は満足そうな顔を浮かべて私の肩を軽くポンと叩いた。千夏は私の中学時代のいざこざを近くで見ていた分、少し気にかけてくれてる様子が日々の言動からうかがえる。 でもごめん、私は今の状況に全く満足できない。 「ねえ、私たちの代になってから全然勝ててないよね」この状況どう思う? と私は静かなトーンで千夏へ問いかけた。 「どうって言われても……」 千夏は目を白黒させている。急に雰囲気が変わったことに戸惑っているみたいだ。 「私は、もっと勝ちたい」 千夏は黙ったまま下を向いて俯いた。 千夏は私とは真逆の性格で、闘争心は薄いけど誰とでも仲良くなれるし後輩との距離も近い。ただ私は他の部員とそういう関わり方があるってことを頭では理解できても、メリットがわからない。 別に仲良しこよしでバスケをやりたいんじゃない。 「私のこと優しいとか、もっと近寄りがたいと思ってたとか言ってる子に伝えておいて。試合に勝てないならやり方変えるって」 私は千夏の目を見ず、吐き捨てるように言い放った。 「友佳……」と悲しげな顔になった千夏の私を呼ぶ声が耳の中で何度も反響する。汗ばんだ肌に制服が張り付いてきて鬱陶しい。 「じゃあ、そろそろ電車来るから先行くね」 それだけを言い残して、食べかけのコロッケパンを捨てて私は立ち上がった。 歩き出すと一度座って休んでしまった足が鉛のように固まってしまっている。 大丈夫、私は間違っていない。そもそも優しいって思われること自体がたるんでいたんだ。 勝つために厳しくするなんて当たり前のことなんだから。
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