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25章
ノピアとイバニーズがルーザーたちと会い、労働者や帝国兵を指揮して反撃を始めた頃――。
工場から出たアン、クリア、グレイの3人は、街の中にウジャウジャといる合成種に驚きながらもフルムーンを捜していた。
「あの女ッ!! やはりルーザーの言った通り、意思を持った合成種だったなッ!!! 合成種は私が根絶やしにしてやるぅぅぅッ!!!」
襲い掛かって来る合成種に応戦しながらアンは、漲る覇気を抑えられない様子で、ピックアップ·ブレードの刃を斬りつけていく。
それは、感情的にでもならない限りいつも表情が乏しい彼女にしてはめずしいことだった。
「まあ、アンったら。あんなに楽しそうに」
クリアは、勢いあまって飛び出していくアンの後を追いかけながら微笑んでいた。
そして、横に走っているグレイの傍へと並ぶ。
「あなたに会えたおかげですかね。それとも私が知らないだけで、あちらがいつもの彼女でしょうか? ミスター·グレイ」
クリアは声をかけながら、小雪と小鉄2本の刀を振った。
飛んでいく光の斬撃が、群がってくる合成種の体を切り裂く。
「グレイでいいよ、クリア。アンは元は明るい娘だからね。でも、不器用だからああいうやり方でしか自分を表現できないんだよ」
グレイも走りながら、手に持った大昔の散弾銃パンコア·ジャックハンマーで、的確に合成種の眉間を撃ち抜いていった。
正直、歯車の街にいた労働者と帝国兵がようやく正気に戻ったというところに、街に合成種の大軍が現れ、状況的にはまだ良くなっていない。
だが、アンは湧き上がる喜びを隠せないでいた。
言葉に出しているわけではないが、その笑顔を見ればわかる。
彼女は、ずっと捜していたグレイとやっと会うことができたのだから。
ブレードを使って、向かってくる合成種を振り払い、機械の右腕で電撃を放ちながら笑みを浮かべているアン。
彼女の中では“今の自分にはできないことなんかない”という思いで溢れているはずだ。
「ずいぶんゴキゲンじゃない?」
漂う蒸気の中から色っぽい女の声が聞こえる。
毛皮コートを羽織ったドレス姿の美女――フルムーン。
腰まで届くロングヘアを靡かせ、不機嫌そうにアンたちの前に現れた。
「ああ、おかげ様でな」
アンは周囲にいた合成種を電撃で一掃すると、フルムーンに笑顔を返した。
クリアもアンと並んで、2本の刀を構える。
アンとは違い、怒気を含んだ表情だ。
だが、そんな2人を抑えてグレイが前に出た。
「やりすぎだよ、フルムーン。歯車の街は破壊すべきじゃない」
アンは、フルムーンへ親し気に声をかけるグレイを見て驚愕していた。
だが、クリアは違った。
彼女は、以前に2人が一緒に歩いているところを見たことがあるからだ。
「今さらですが、グレイ。あなたとフルムーンはどういう関係なのでしょう?」
クリアが落ち着いた様子で訊ねると、グレイは答えづらそうにしている。
アンは、そんな彼をジ~っと睨みつけていた。
クリアはそんな2人を見て、まるで浮気で揉めている夫婦を見ているかのようだと思った。
「あなたはアンの大事な人……。ですが、もしフルムーンに協力してこの街を操ろうとしていたのなら――」
そう言ったクリアは、グレイに刀を向ける。
アンが慌てて間に入ろうとすると――。
「うるせぇんだよ人間がッ!!! もうどうでもいいんだ、そんなことはッ!!!」
フルムーンが大声で叫んだ。
「グレイ、その機械娘を庇ったり、歯車の街であんたが何をしたいかは知らないし、たとえそれがママのためであっても、あたしのやることに口を出してんじゃねぇッ!!!」
フルムーンの言葉を聞いたアンが思う。
……“ママ”だってッ!?
たしかストーンコールドも誰かのことを“ママ”って呼んでいたな。
グレイは、“ママ”という奴のことを知っているのか?
「機械娘もそこのクリアも歯車の街も潰すッ!!! 人間のくせにあたしの思い通りにならなかった罰を受けさせてやるんだぁぁぁッ!!!」
周囲に漂う蒸気――いや、フルムーンの身体から出ている粉がアンたちに纏わりついてきた。
肌にヒリヒリするような痛みを感じた直後、その異変に気がつく。
フルムーンから放出された粉が鎖のように手足を縛って、アンたち3人の体の自由を奪ったのだ。
「さあ、動かない体に残された瞳で、恐怖に怯える感情を見せろッ!!!」
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