1章

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1章

石畳の道を歩ている一行(いっこう)がいた。 1人は外套(がいとう)を羽織った無愛想な少女――アン·テネシーグレッチ。 被っていたフードを脱いで、ナチュラルブラウンのボブヘアーを手で直す。 石畳の道がめずらしいのか、アンは地面へ目を向けた。 それは無理もないことだった――。 コンピューター·クロエの暴走のより、合成種(キメラ)と呼ばれる異形(いぎょう)の化け物が現れ、文明社会が崩壊(ほうかい)した。 その後、何者かがクロエを止めることに成功したが、世界は膨大(ぼうだい)な数の合成種(キメラ)荒廃(こうはい)した大地に(おお)いつくされる。 そんな中、わずかに生き残った人々は国を作った。 その国々の中で、唯一高度な科学力を誇るストリング帝国。 アンはその国で生まれた。 だから自分の国以外のことは、すべてが目新しい。 彼女は、この街へ人を捜しにやって来た。 そう――。 育ての親であるシープ·グレイという男を捜しに――。 周辺にある建物は赤レンガで造られたものだ。 だが、建物は工場なのだろう、油や蒸気ですっかり黒ずんでいる。 街の中は、煙突(えんとつ)から出る煙で周囲が見にくく、ギシギシと鳴る歯車の動く音が(ひび)く。 アンたちは足を()み入れてか知ったのだが、この街の名は歯車の街――ホイールウェイ。 金属の部品や乗り物などを造る工業街だった。 「何事もなく通れてよかったな」 横に並んで歩いている前髪の長い白髪の老人――ルーザー。 彼が、包帯が巻いてある手で頭を()きながら言った。 コンピューター·クロエの暴走を止めた人物は彼である。 彼の名を聞けば、多くの人間が世界を救った英雄と(たた)えるだろう。 だが、この老人は記憶が酷く曖昧で、今まで自分がしてきたことをあまり覚えていなかった。 「ああ、寸前に気がついてよかった」 アンたちはこの街に入ろうとしたとき――。 街の出入り口には、ストリング帝国の検問があった。 アンの格好は、白いフード付きのシャツにストリング帝国の軍服を上から着ている。 それに彼女は、帝国から脱走したお尋ね者だったため、(あわ)てて外套を羽織って変装したのだった。 無事に検問を通過してからしばらくして――。 アンとルーザーの後ろにいた黒装束の少女が不機嫌そうにしている。 「そんな服、早く捨てればいい」 片方の義眼を赤く光らせて言う黒装束の少女――名はロミー。 「たしかに、その格好だとすぐにアンだってバレちゃうよね」 ロミーの隣にいた銀白髪の少年――クロム·グラッドストーンが両眉を下げながら彼女に続いた。 その背には、身の丈に合わない大きなハンマ―が背負われており、彼が歩くたびに()れる。 その揺れに共に彼の銀白髪のポニーテールも動いていた。 アンは振り向いて、2人を(にら)みつける。 「この軍服は同じ部隊だった仲間との思い出が残っているんだ。だから……絶対に捨てないぞ」 彼女の言葉に、ロミーは「ふん」とソッポを向いた。 ロミーはシュリンプスタイルに束ねた髪を手で払いながら、さらに不機嫌そうになる。 その横でクロムは、苦笑いをしながら頭を下げた。 そんな4人の後ろから、全身を外套で(まと)い、顔が隠れるくらいすっぽりとフードを被った人物がモゾモゾと立ち止まる。 「いつまでもそれじゃ苦しいよな。もういいよ、ニコ、ルー」 アンの呼びかけられ、その外套の中から(ゆた)かな毛で(おお)われた子羊が2匹出てきた。 電気仕掛け子羊――ニコとルー。 ニコが白い毛を()やしているほうで、ルーは黒い毛のほうだ。 外套から解放されたせいか、2匹とも嬉しそうに鳴いている。 「さて、これからどうすればいいのか……」 アンがそう言うと、ルーザーが提案(ていあん)した。 まずは宿を取ろう。 そして、情報収集のために聞き込みから始めればいいのではないか、と――。 アンたちはルーザーの案を受け入れ、一先(ひとま)ず泊まれる宿を探すことに――。 それからすぐに、簡易宿泊所(シンプル·アコモデーション)と書いてあった看板を見つけて、宿泊の手続きをする。 「部屋の割り当ては、アンとロミー、ニコ。私とクロム、ルーでいいな?」 ルーザーがそう言うと、ロミーが「うげッ」露骨(ろこつ)に嫌な顔になった。 それを見逃さなかったアンは、彼女に食って掛かる。 「なんだその顔は。一応女同士で分けたんだぞ。文句を言うな」 「文句は言っていない。アン(キノコ頭)がケチをつけてきただけ」 ロミーの言葉にアンは身を(ふる)わせて返す。 「お前、その呼び方をやめろ。それとその偉そうな喋り方もだ。私のほうがお姉さんなんだぞ」 「あたしよりも偉そうに喋る奴に言われたくない」 アンとロミーが互いに睨み合うと、それから()み合いが始まった。 クロムが慌てて止めに入り、ルーザーは何もせずに「はぁ~」と大きなため息をついている。 ニコはオロオロとしているが、ルーは楽しそうに両手をあげて揉める2人を(あお)っていた。 「やれやれ、またいつものやつか……」 ルーザーがそう(つぶや)くと、宿屋の主人が「喧嘩(けんか)なら外でやってくれ」と言い、アンとロミーは渋々掴み合っていた手を止める。 それから今夜に泊まる部屋に向かうため、先ほど話していた部屋割りに別れる。 「2人とも、もうケンカしちゃダメだよ」 別れ(ぎわ)にアンとロミーの背中に向かって、クロムが言ったが、2人は何も言わずに自分たちの泊まる部屋へと入って行った。 そして、ドンッ!!! と重たいもので叩きつけたような音が鳴って扉は閉じられる。 「大丈夫かな……」 心配そうにしているクロム。 ルーザーはそんな彼に、今夜は眠るだけだから問題ないだろうと声をかけた。 「さてと、明日は聞き込みだ。私たちも早く休もう」 クロムは(うなづ)くと、ルーを抱いて自分たちの部屋へと入って行った。 ――アンとロミーの部屋では。 不機嫌そうな2人の間で、ニコが気まずそうにしている。 だが、その後は特に何も起こらず、2人とも着替えてからベットに入った。 それを見たニコは、アンのベットに入り込んで安心して眠りにつく。 ……グレイ。 この街にいるんだよな。 すぐに見つけてやるぞ……。 ――アン。 ……ストーンコールド()の話では、世界中に兄弟がいると言っていた。 だったら、この街にもいるかもしれない。 待っていろ、見つけだして1匹残らず殺す。 合成種(キメラ)はあたしが必ず根絶(ねだや)やしにするんだ。 ――ロミー。 それぞれの思いを胸に、2人はぐっすりと眠った。
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