2章

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2章

――次の日の朝。 ベットから体を起こしたクロムが、ルーを起こす。 「あッ! おはようルーザー。早いね」 ルーザーはすでに起きていて、難しい顔をしながら包帯の巻いてある腕を動かしていた。 クロムは、寝間着(ねまき)からいつも着ている大きめのチュニックに着替え、その帯を()める。 「腕は大丈夫そう?」 手をスッポリと隠してしまっている余った(そで)を振りながら、クロムは心配そうな表情でルーザーに(たず)ねた。 前髪の長い老人は首を横に振って「ダメだな」とポツリと返すと、クロムが続けて訊く。 「ねえ、どうして自分のケガは治さないの? 簡単でしょ。ふぁ~って手を(かざ)せば一瞬じゃん」 ルーザーには不思議な力があった。 この前髪の長い老人が(てのひら)を翳すと光輝き、触れた者の傷を治すことができる。 他にも、その光で相手を吹き飛ばすことも可能だ。 「……わからない。だが、昔にそんな約束をしたような気がする……」 悲しそうな笑みを浮かべて言うルーザー。 それを見たクロムも同じようにシュンっとしてしまった。 今クロムがした質問は、ここにいないアンとロミー、それに他の者たちにも訊かれていたことだった。 全員が全員、そんな曖昧(あいまい)な理由なら治してしまえばいい、と言ったが、ルーザーはただ苦笑いするだけだった。 そんな彼の包帯が巻いてある腕をルーが叩く。 突然手を叩かれ、驚いているルーザーにクロムがニッコリと微笑んだ。 「ルーがなんだかよくわからんが、元気出せだって」 その言葉を聞いた老人は、(うつむ)き、長い前髪で顏を隠して笑った。 コンコン。 部屋の扉がノックされ、返事も聞かずに扉が開いた。 アンとロミー、そしてニコだ。 「起きていたか。よし! 早速聞き込みを開始しよう」 アンがそう言うと、ルーザーは先に朝食を取ってからにしようと提案(ていあん)した。 彼の言葉に、アンは顔をしかめる。 「食べている場合かッ!! この街にはグレイがいるんだぞ!!!」 アンが無愛想な表情から一変して、感情を()き出しにして叫ぶと――。 「なら、ひとりで捜せ。腹が減っては戦はできん」 ――ロミー。 「ゴメンね。ボクもグレイには早く会いたいけど。お腹減っちゃった」 ――クロム。 そして、ルーがアンを見て、からかう様に鳴きながら2人の後を追って部屋から出て行った。 身を(ふる)わし、顔を強張(こわば)らせるアン。 そして、出て行った2人の背中に、機械の右腕を(かざ)した。 その腕からは稲妻(いなづま)(ほとばし)り、バチバチと音を鳴らし始める。 「わぁ~!! やめろアンッ!!!」 ルーザーが叫び、ニコが慌ててアンの体に飛びついた。 アンの右腕は電撃を(はな)てた。 彼女は、生まれた国――ストリング帝国で仲間とともに軍のウイルス実験に使われた。 その細菌の名はマシーナリー·ウイルス――。 ストリング帝国の科学者たちが開発した、人体を侵食する細菌。 このウイルスは、体内で一定の濃度まで上がると成長し、宿主(しゅくしゅ)の身体を機械化する。 機械化した者は、人体を超えた力と速度で動けるようになるが、宿主は自我を失い、ストリング帝国の完全なる機械人形へと変わってしまう。 アンは、その実験で自分の部隊の仲間たちが機械化し、互いに殺し合うことを強要された。 13歳で両親と妹を合成種キメラに殺されたアン(そのときにグレイに助けられ、その後に育てられた)。 それからの3年間――。 現在16歳のアンは、キメラへの復讐を(かて)に生きていた。 そのせいか、いつも無愛想だった彼女にとって、部隊の仲間は数少ない優しくしてくれた理解者たちだった。 部隊の仲間は、アンにとってグレイとニコと同じように家族も同然。 仲間のおかげで生き残ったアンは、その後にグレイとニコと共に国から逃げ出す。 その後もアンは、(いま)だに恐怖に怯えていた。 今は大丈夫でも、いつ自分が仲間たちのように機械化するかわからない。 それを考える夜も眠れない日もあった。 だが、それでもアンは、自らの意思で戦うことを続けている。 「……ともかくだ。そんな簡単に力を使うものじゃない」 「だけど……あいつら……」 それからルーザーがアンを説得し、渋々(しぶしぶ)ながら朝食をとってから始めることを承諾(しょうだく)した。 ルーザーにたしなめられ、すっかり意気消沈(いきしょうちん)しているアンを、ニコが優しく()でて、(なぐさ)めている。 「アン、気持ちはわかるよ。だが、待つことも大事だ」 そんな彼女に声をかけるルーザー。 ニコが同意したのか、その傍でコクコクと(うなづ)いている 「大事……待つことも大事……かぁ……」 それを聞いたアンがポツリと呟いた。 その後に宿の外で待っていたロミーたちと合流し、皆で食事ができるところを探す。 だが、どこの店へ行っても労働者たちで(あふ)れかえっており、数時間は待たされそうな様子だった。 「わぁ~混み混みだなぁ~」 「これは待つしかないかな」 「えぇ~そんなぁ~」 ルーザーの言葉に、クロムが(しぼ)んでいくように肩を落とした。 余程(よほど)空腹なのだろう。 「大事……待つことも大事」 アンが得意そうな顔をして呟くと――。 彼女たちの前に、着物姿の女性が現れた。 その物腰はとても(おだ)やかで、笑みを浮かべながらアンたちを見ている。 「旅のお方。もしよかったらですが。うちで食事を召し上がってはどうでしょうか?」 突然現れ、自宅へ招待すると言った着物姿の女性に対して、ロミーは腰に帯びている剣に手をかけた。 その剣の名はカトラス。 大航海時代、中南米で使われていた農耕用の鉈を改良した刀剣類の一種。 短く小回りが利くため、船上での格闘用武器として重用されたものだ。 体の小さいロミーのために、鍛冶屋であるクロムが造りあげた一品だ。 「バカッ!? やめろロミー!!!」 アンが怒鳴って彼女を止め、苦笑いを着物姿の女性へ向ける。 それを見てルーザーが、「なんだかな……」と(あき)れていた。 ……まったく、この娘2人はよく似ている。 そう思っていると、アンが着物姿の女性に気がつかれないように耳打ちをしてきた。 「ルーザー、この女性(ひと)合成種(キメラ)かどうかわかるか?」 合成種(キメラ)とは、コンピュータークロエが生み出した人の形をした異形の化け物――。 ただ、プログラミングされた機械のように近くにいる者に襲い掛かる、この世界が崩壊した原因である。 ルーザーによって、コンピュータークロエは止められたが、世界にはまだまだ合成種(キメラ)が生息していた。 「どうだ、彼女は?」 ルーザーには、本人も何故かわかるのか理解していないが、人間と合成種(キメラ)を見分けられる力があった。 アンたちが前にいた雪の大陸で戦った意思のある合成種(キメラ)――ストーンコールドのこともあり、少し怪しんだのだろう。 「いや、彼女は人間だよ」 「そうか。では――」 確認を終えたアンは、(しぶ)るロミーを言い聞かせて、その着物姿の女性の家へと行くことにした。
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