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4章
――歯車の街。
この歯車の回る音と、漂う蒸気で埋め尽くされた街は、以前はただの寂れたところであった。
元々半壊した工場が多かったためか、そこに目を付けたストリング帝国が、その周辺に住まう人間を集めて労働者として仕事を与えた。
「私の家は、労働組合でリーダーをやっていました」
「じゃあ、その変わった服も労働組合と関係が?」
クリアの唐突な言葉に、アンはつい話とは関係のない変な質問してしまった。
だが、彼女はクスッと笑い、答える。
「いえ、これは亡き母の趣味でして家系というわけでは。私も気に入って着ているだけですよ」
それから彼女は、自分のことを話した。
すでに労働組合のリーダーではないこと――。
そして既婚者であることを――。
アンは改めてクリアの姿をじっと見た。
身長は158cmくらいだろうか。
育ちが良さそうな上品な顔立ちにどこか儚げな雰囲気、髪型はアップスタイルに鐘の付いた簪を刺している。
それから着ている着物――。
アンが最初に見たとき――動きにくそうとしか思わなかったが、今こうしてクリアの仕草や佇まいを見ていると、少しだけ着てみたい気持ちに駆られていた。
「旦那さんは出かけているのか?」
ルーザーが訊くと、クリアの顔が曇る。
そして、彼女はすぐに表情を戻し、すでに伴侶が亡くなっていることを説明した。
だが、いくら平然と言っていっても、その声には悲しみがこびり付いていることがわかるものだった。
「すまない。悪いことを訊いた」
「いえ、お気になさらずに。私も齢30を超えている女です。子供ではないですから」
「どんな男性だったんだ?」
アンが訊くと、あまり話したくないのか、クリアは少し困った顔をした。
だが、話し始めるとかなり饒舌に言葉を繋いでいく。
旦那の名はブレイブ·ベルサウンド――。
かなりの巨漢で、いつも何か食べているような男性だったようだ。
それでいて、何をやるときにでも、表情に“しょうがない”といった言葉を張り付けているようなそんな男だったと言う。
アンはその説明を聞いて、これが惚気というやつか? と思っていたが、あまりにも良いところが少ない物言いに、呆れてしまっていた。
だが、アンはクリアの旦那――ブレイブと彼女がいる姿を思い描くと――。
死んでしまった部隊の仲間であった、レス·ギブソンとストラ·フェンダーを思い出した。
……そういえば、いつも食べ過ぎるレスをストラが心配していったっけ。
アンは、悲しさを感じながらも心が暖かくなっていた。
その傍で、クリアの話に飽きてしまったロミーとクロムが、ニコとルー、リトルたちにじゃれている。
「アン、あなたたちはどうしてこの街へ来たのですか?」
話が終わると、突然クリアがアンに訊いた。
その表情は、上品な笑みを浮かべていた彼女とは少し違う顔を見せている。
力んでいて、強張ったような――そういう顔だ。
そんなクリアの顔を見た彼女は、街の入り口でストリング帝国の兵士が検問をやっていることと、何か関係があるのかもしれないと思った。
アンは人を捜しに来たことを伝えた。
育ての親の行方を捜しているのことを。
「だから、これから聞き込みをしようと思っているんだ」
アンの言葉を聞いたクリアは説明を始めた。
この街の労働者たちは、朝から夜まで働きづめなので、昼間は外に人っ子ひとりいないのだと。
もし、人捜しを訊ねて回るのなら、日が暮れた時間のほうがいいと言う。
「ですが、あなたたちはまだ幼いですものね。この街の夜は治安が悪いので、あまりおすすめはできませんが」
「大丈夫だ。ルーザーがいるし、何よりもロミーとクロムは子供でも、私は年齢よりも大人だからな」
アンが胸を張ってそう言うと、その後ろからボソボソと声が聞こえてくる。
「……年齢よりも子供の間違い」
その呟きの主はロミーだ。
それを聞いたアンは、顔を真っ赤にしてロミーに掴みかかる。
いつもの揉み合いだ。
そこにいつも止めに入るクロムと、オロオロするニコ、2人を煽るルーと一緒に、小雪と小鉄も混ざって、部屋の中で大暴れが始まった。
その様子を見たルーザーが、いつもの大きなため息をついている。
「すまないな、クリア。君の家だというのに」
「いえいえ。たしかに毎日これでは困りますが、うちのリトルたちも楽しそうですし。それに……」
「それに?」
ルーザーが内心で、「意外とはっきり言うんだな……」と思いながらオウム返しをした。
「私もこれだけ賑やかなのは久しぶりで嬉しいですよ」
クリアはそうニコッと笑みを返した。
そんな彼女の目の前では、楽しそうな小雪と小鉄がアンたちとじゃれあっていた。
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