第一章 女の人だと思ってました

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「私ね。少し前まで、亡くなった主人の仕事の手伝いをしていたの」  清子の笑顔が、「にっこり」から「にこにこ」に戻った。  どうやら基本的に笑顔を絶やさない性格らしいが、それだけに笑顔の中に普通だったら笑顔にならない様々な感情も含まれているらしい――たとえば、怒りとか、苛立ちとか、諦めとか。 「夫は退職したあと、人に頼まれてそれまでやっていたことを教える仕事を始めたのだけど、先生みたいな人でねえ……」 「あー……それで……」  千都香は、誰にも失礼にならない程度に語尾を濁して相槌を打った。  もし「それで」の後を濁さなかったら、「それで残念を拗らせた輩の扱いが上手いんですね」とか「それで男の下らないプライドをほいほい転がせるんですね」といった、誰にとっても失礼な台詞が続いていただろう。 「千都香ちゃんは、OLさんですってよ?人に応対する事とか事務処理なんかはお得意なんじゃないかしら」 「得意という程では有りませんけど、そこそこは」  ちなみに化石のように頭の固い上司をあしらう事も、そこそここなせる。今日壮介に一方的に凹まされたのは「マキさん」が女性だと思っていたからで、最初からこの手の男だと知って居たら、それなりに応戦出来たのだ。 「お互い、お試しで教えて教わるっていうのはどうかしら?先生は教えることに慣れられるでしょうし、私たちは教わりたいことを教われるし、どちらにとっても良いと思うけど」 「それ、俺だけが得って事になりませんか?」 「さあ、どうかしら?……でも、そうお聞きになるって言うことは、試してもいいと思って居るってことね?」 「……む……」 「千都香ちゃん、どうかしら?女性の先生じゃないと嫌?」 「……清子さんと一緒なら、私もお世話になりたいです」 「まあ、ほんと?ありがとう、良かったわ!それじゃあ早速日程とか、細かいことを決めましょうか、先生」  にこにこ笑う清子の言葉に、壮介も千都香も、異論を挟む余地はない。  年の功、と言うべきか。  最終的には清子の独壇場で、「金継ぎ教室・但しお試し」は、どうにかスタートを切ることになった。
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