第三章 「ちぃちゃん」は無理

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「あ、清子さん、ご存知でしたか」 「ええ、名物ですもの!富山に行ってらっしゃったの?」 「はい、仕事で買い付けに……もう一つ入ってませんか?」 「もう一つ?……ま!(ぶり)寿司だわ!」 「時間が無くて、どっちも駅弁ですけどね」 「へえ……鰤も、お寿司が有るんですか?」  壮介に切れ味のあやしいナイフを借りてパンを切り、大皿に並べていた千都香が、二人の話に入って来た。 「元々は、郷土料理なんだよ。寿司って言うより、米と魚と(かぶ)や人参を使った、発酵食品かな」 「そうなんですね!鱒のお寿司は、駅弁大会でよく見ますけど、鰤は初めてです」 「鰤のお寿司の駅弁は、余所(よそ)では売らないみたいねえ。そういう意味でも、珍しいものだわね」  清子は手際よく二つの包みを開け、中の円形の寿司を放射状に切り分け始めた。 「鰤の方が、酒の肴に向いてるんですよね。壮介の栄養補給用にと思って、買って来たんですよ」 「まあ。それ、先生がご飯を食べないっていう話?」 「あ、お聞きになってますか?壮介の悪癖」  清子が、少しだけ困った顔をして見せる。和史も、それに(なら)って苦笑した。 「昔から、食べなくても平気なんだみたいな顔してまして……放っとくと針みたいに痩せ細ってたりしたもんですよ」 「えっ」 「まあ!」  和史の軽口に、女二人は眉を(ひそ)めた。  
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