第三章 「ちぃちゃん」は無理

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   * 「午前中言った様に、割れた器には麦漆を使う」 「はい」 「まず、小麦粉に水を加えて練る。……これは、中力粉だ」 「中力粉?」 「パン作ったこと無いか?」 「パンッっ?!」  壮介は何気なく言ったのだが、千都香は何故か妙に慌てている。 「パンは、強力粉かしら?うどんによく使うわよね、中力粉」 「なるほど。清子さん、さすがですね。……千都香?」 「はいっ!?」 「……ちゃんと見てるか?」   変に顔が赤い千都香は、壮介の言葉にこくこくと頷いた。 「……この位になるまで、小麦粉を練る」  水を少しずつ足しながらへらで混ぜた中力粉は、擦り伸ばすと網目状の模様を描いた。 「わ、ほんとだ!粘ってる」 「この網目は、グルテンだ。これが接着を助ける。これが出るまで練ってから、漆を混ぜる。……これは、見本だ。使う分は、後で自分でやってみろ」 「はい。……グルテンって、天ぷらするとき出しちゃいけないあれですね?」 「生麩の材料にもなるわね」  口々に言う二人に、壮介は訝しげな顔をした。 「……なんでそんなに詳しいんだ?俺は最初聞いた時、食いもんかなんかの名前かと思ったぞ」 「グルクン?」 「ドゥル天?」 「……詳しいな、お前ら……」  言われた単語が何なのか、残念ながら壮介にはどちらも全く分からなかった。が、恐らくどちらも食べ物なのだろう。  女って奴はなんでこんなに食いもんに詳しいんだ、と思っていた壮介に、メモを取っていた千都香が言った。 「それ、説明に入れたらどうですか?」 「グルクンとドゥルテンか?」 「じゃなくて、中力粉がうどんに使われるとか、グルテンが生麩の材料とか。イメージしやすいんじゃないかなって」 「……俺は全然イメージしにくいぞ」 「でも、女性は多分そう言われたら分かりやすいわ。受講生さんは、女の人の方が多いんじゃない?今までの問い合わせは、男女どちらが多かったの?」 「……圧倒的に、女……の人、です……」  多いどころか、若造からは習いたくないと言った男性以外は全員女性だ。 「じゃあ、書いておきますね。うどんと生麩」  うどんと生麩、と言う言葉を頭の中で巡らせながら、壮介は少々複雑な気持ちで、へらで捏ねたグルテンの見本を空いた皿によけた。
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