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下車駅の階段に近い扉の前に立ち、千都香はそわそわと落ち着かなかった。
駅からの送迎バスに、ぎりぎり間に合うか間に合わないかの時間だ。
送迎バスは、一時間に一本しかない。そのバスを逃せば、路線バスかタクシーか……路線バスは、目的地の目の前までは行かない。一番近いバス停で下車しても、歩いて十分程度はかかる。
タクシーは、時間によっては出払ってしまう。タイミングが悪ければ、しばらく待たなくてはいけないだろう。
(みんなで、一緒に行きたかったのに……部長のせいだよ……)
今日の午後半休を取ることは、随分前から伝えてあった。それなのに、すぐでなくてもいい様な些細な書類の直しを、千都香の帰りがけに、部長が説明し始めたのだ。以前急いでいた時に、それとなく話を切り上げるように促して臍を曲げられたことが有ったので我慢して最後まで聞いたが、おかげで途中で昼食を買う予定が大幅に狂った。
そこまで思い出して、悔しさで涙が出そうになる。部長の不機嫌など、さもない、ありふれた出来事だ。なのに涙が滲みそうになるなんて、自分はよほど神経質になっているのだろうか。
涙が早く乾く気がして、千都香は扉の上のモニターを見上げた。下車駅の名前が、日本語といくつかの外国語で、次々と切り替わって表示される。
(お願い、間に合って)
目を閉じてホームからバス乗り場までの経路を頭の中で復習しながら、千都香は何にともなく祈った。
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