第四章 ひと月の長さ

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「でもさー、ちぃ姉も物好きだよねー?あんなん、接着剤で付けたら一瞬じゃん?」 「……そうだけど」 「ゆき。」  軽く口にした雪彦を、梨香がたしなめた。 「今更、そういうこと言わないの。ちぃちゃんに、任せたんでしょ」 「はーい。冗談冗談、ごめーん。……先生、行ってみたら、男だったんだっけ?どんな人?」 「うーん……おじさん?」 「そんなに年なの?」 「三十三だって」 「……三十三は、おじさんじゃなくない?」  しまった、と千都香は思った。梨香の地雷を踏み掛けた。従姉妹の梨香は、ちょうど三十になったところだ。年齢の話題には敏感なお年頃である。 「だってさあ、やってる事が、おじさんなんだもん」  梨香に、さり気なくフォローする。……決して年の数で「おじさん」といっている訳ではないのだ!……と、強調して置かなくては。 「作業に必要だからって、老眼鏡だかルーペだか掛けてたんだよ?あと、『マッチの頭くらいの量の漆を混ぜろ』とか言われたし」 「マッチ?!なにそれ死語!!」  けらけらと雪彦が笑う。それに全力で乗っかった。 「だよねー?言わないよねえ、マッチ。って言うか知らないよー、普通の若い子は」 「……それは、おじさんって言われても、仕方ないかもしれないわね……」 「俺らは分かるけどさあ、おーちゃんが焚き火で特訓してくれたおかげ……」  雪彦が軽口を叩きかけて、止まった。  三人の間の暗黙のルールに出来てしまった、小さな(ほころ)び。それを、一瞬、全員が持て余した。  そこでちょうどバスが敷地の中に入る門をくぐって、目的地が見えて来た。 「……ちぃ姉、昼飯食べれたの?」 「……ううん。」  雪彦の言葉に、千都香は溜息のように答えた。
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