ホムンクルスの青い夢

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君たちはホムンクルスという小さな妖精の事を知っているだろうか。誰の頭の中にも居て、君達が見たり聴いたり思ったり、全ての感覚を頭の中で処理し、決定づけている存在のことだ。 勘のいい子なら分かったかもしれないが、君達の体を組織する細胞達は言わばホムンクルスにとっての街でしかない。 今、ゾッとしただろう? その感覚や巡った思考も全て君の頭の中のホムンクルスが指示したものだ。 今日はある人間の頭の中に住むホムンクルスが初めて色を好きになった日の話をするよ。 その日、ホムンクルスの街は生まれて初めての海に行くことになっていたんだ。前日からホムンクルスは新しい世界を見るのが楽しみで、あれやこれやと考えていたら街を眠らせる仕事をうっかりと忘れてしまったんだ。気づいた時には星が滲んで消えそうな淡紫の空が街の目越しから見えた。それから少しして、ようやくホムンクルスは街を眠らせた。けれど、3時間も経つと街の母が揺り起こしに来てしまった。 海へ行くよ。 ホムンクルスは大喜びで街にはしゃいで飛び回る指示をした。 街は母の運転する車に乗りこんだのだけど、ホムンクルスは街の母の運転がどうも苦手だったんだ。街の頭にクラクラする感覚を、胃袋にはかき混ざるような不快感を指示した。それから、感じた気分の悪さを街の母に伝えさせた。 すると、街の母は困ったような表情で、それは車酔いね。と言った。街の母のホムンクルスは長く生きている分色々なことを知っているんだ。 やがて車は止まり、塩っぱい風の吹く海岸沿いへと街は出た。 にゃあにゃあと啼く鳥が羽ばたいた方へと目を向けた。 その景色が、あまりに素晴らしかったんだ。青い空というものは以前から知っていたのだけど、青い空よりも青い海はとても眩しく、ホムンクルスを驚かした。時折現れる白い波も雲のようで親しみを感じた。いつも見上げてみていた光景が足元にあっただけなのだけれど、空と違い触れることの出来る海は、ホムンクルスの心を掴んで離さなかった。 その日、沢山の指示を出したホムンク ルスは、街をいつもより早く眠らせた。そして、初めて見た海のことを忘れないように記憶の引き出しに仕舞うと、海が綺麗だったこと、海が空よりも青かったこと、青という色がいかに素晴らしかったかを思い耽った。 ホムンクルスが街を眠らせている間、何かに思いふけることを夢だと言うね。 それからというもの、街の成長に伴って賢くなったホムンクルスは今でも青い色に惹かれている。好きになるのは決まって青を持つもの。街が好きだと思っている人や物も実はどこかに青が潜んでいる。このことを街は知らない。ホムンクルスだけの秘密なんだ。 これがホムンクルスが初めて色を好きになった話だよ。 え?質問があるって?何だい? ホムンクルスにもホムンクルスがいるんじゃないかだって?そうだね。ホムンクルスにもホムンクルスがいるかもしれない。けどね、どこかに必ず果てはあるんだよ。 それが何処で何であるかは君たちが考えてごらん。 さあ、おやすみ。
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