同じ人

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俺は人ごみの中にいる。 確かにいるのだが、ちょっと普通の状況ではない。 人ごみを成す人の中で俺以外が 同じ人間なのだ。 何万人か収容できるスタジアムがある街に住んでいる俺は たまにこういった人ごみに遭遇する。 サッカーの試合なら好きなチームのユニホームを着ていたりする人もいる。 人気ミュージシャンのコンサートの時はさらにドレスコードの統一性が落ちる。 全く同じなんてありえない。 だが今の状況。 俺はアニメとかそういうものに疎いのでよく知らないのだが 全員、同じキャラクターのコスプレをしているようだ。 しかも、美少女キャラ的な格好で結構露出度が高くて ある意味この状況で理性を保っていられるワケが ラッキーなハーレム感という本能とは情けない。 だが、そういうイベントのドレスコードとしてもおかしい。 なぜなら皆同じ顔なのだ。 背丈も、そして話す声も、露出度の高い衣装から覗かせるバストも同じだ。 また男というものは…という話になるのだが、 可愛いんだ。これが。 そこらへんのアイドルじゃ太刀打ちできないクラスの美人だ。 スタジアムまでの道をぎゅうぎゅうで歩いているので 少なく見積もってもその同じ顔の美人達が1000人ぐらいはいそうだ。 最初に頭に浮かんだのはクローン人間。 俺なんか一般市民の知らない間にいつのまにか化学は進歩しているもので それの実験をあのスタジアムでやろうとしているところに 俺が巻き込まれた。 うーんでも、いいんだっけ?クローン人間って。 牛とかなんかでも倫理的な問題になってなかったかな? しかもこんなにこの娘を量産する意味がわからない。 アニメでそういうのあったっけ? それを実現させたいオタクの科学者の陰謀なのか? もう一つはアンドロイド。 まあこれからロボットの時代が来るわけで。 それくらいはこの凡人にも予想できるわけで。 それの幕開けのイベントがあのスタジアムで行われるのか。 だがそれにしても、時々触れる手の感触、女の子のいい匂い、会話のスムーズさ。 現代でこんな高性能なアンドロイドなど作れるのだろうか? 会話に耳をすませてみた。 「楽しみだねー。」 「そうだねー。」 「やっとこの世界を終わらせることができる。」 「そうだねー。… 様のもと、これだけの私たちが集えば。」 おいおいおい。なんかあぶねーぞ。 「…様」って言う名前はちょっと聞こえづらくてわからなかったが アニメの世界でありそうな、なんかそういうやつだろう。 それがコスプレの一環なのかマジなのか、どっちにしても危ない。 この同じ人間が集まっている異常な状況を考えると 世界の終わりもありえなくない。 怖くなってきた。 そういえば俺だけがこのコ達と違うのに 誰もそのことを気にしていないのが不思議だ。 関係ないからなのか、いつでも殺せるからなのか。 ふと隣のコと目があった。 「ふふふ。あなたももうすぐ新世界の始まりを見れるのだから、そんな顔しないで。」 そのコは俺の手を取ってギュッと握った。 正直言うと柔らかいその手に心を奪われそうになったが なんとなく命の危険を感じて振りほどいた。 その振りほどいた手が勢いあまって後ろにいたコの顔に当たってしまった。 「いたいっ。何をするの?」 辺りがざわつき始める。 怖くなって逃げ出そうとするがここは同じ人の人ごみの中。逃げられない。 そのコから腕を掴まれ身動きが取れなくなった。 「あれっ。このコまだだわ。」 「ほんとね。まだだね。」 「なんだ、だから怯えていたのね。」 「大丈夫よ。あなたもすぐに私達と同じ。」 「新世界の住人に…」 … 私は人ごみの中にいる。 確かにいるのだが、ちょっと普通の状況ではない。 人ごみを成す人の中で私を含めた全ての人が 同じ人間なのだ。
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