悪戯

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「お疲れー」  彼女の友人の真中莉衣奈(まなかりいな)が含んだ笑みを持って、一言目をかけてきた。口が茶化したいと言っていたが、指摘すると冷やかされてしまうのは見え見えだ。ここはスマートにスルーするのがいいだろう。 「お疲れぃ」 「お疲れー」  夕方になると疲れが顔に出る。俺が今付き合っている彼女はそういうヤツだ。せっかく久しぶりにデートに行けることになったというのに、瑞乃木利穂(みずのきりほ)は真顔でいつもよりトーンの低い声をかけてきた。気持ちは分からなくはないし、これからデートをするというのにいきなり文句を垂れるのもつまらないだろう。 「今日バイトじゃないん?」  七分丈のズボンと円環上のマークの上から奇抜な英語を走らせた黒いシャツを着る男、外間零士(はずまれいじ)が尋ねてきた。 「今日は休み」 「(ふところ)()やしてんだろ?」  零士の隣でやらしい笑顔で聞く金本進(かなもとしん)は、白Tの首元を掴んでパタパタさせている。ツーブロックの髪の下のおでこには、じっとりと汗がにじんでいた。 「全然。今でも貧乏学生だし」 「今度祥也(しょうや)が奢ってくれるってことでけって~」  莉衣奈が勝手なことを言いだした。たちの悪いノリだ。微かだが利穂も笑っている。 「お前の方が金持ってんだろ」  貧乏学生である俺は唇をゆがめて莉衣奈に大役を振る。 「私は出費が多いの」 「その浪費癖さえなければ、ゴミ屋敷もどうにかなるんじゃないか?」  零士は呆れた表情をしながら笑みをこぼす。 「ゴミ屋敷じゃねえし! あそこまでひどくないわ!」  猫目アイラインが本気で反論をしていると主張していた。 「でもちょっとは考えた方がいいと思うけど?」  俺は利穂に同意するように深く頷いてみせた。 「うわッ、これだからカップルは。めんどくせぇわ~~」  莉衣奈が忌々(いまいま)しく目を細めて愚痴る。  すると、ナイスなタイミングでバスが来たのが見えた。バスが見えると、周りにいた学生が乗り場にぐわっと集まっていく。 「そんなに悔しいならお前もナンパしてこいよ」 「別にイチャイチャしてるのが羨ましいわけじゃないっつーの!」 「そうですか」  俺達は乗り込もうとするバスの乗客の最後尾につける。  俺は利穂の後ろについた。気配を感じたのか、利穂は振り返り、不敵な笑みを投げた。俺はなんとなくつられてしまい、笑顔を返す。俺はまだ充分幸せなキャンパスライフを送っているらしい。  俺はバスに乗って通路で止まる。満員のバスはドアを閉め、ゆっくり発進していく。
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