839人が本棚に入れています
本棚に追加
俺の家とは反対方向をずっと歩いていたら、皆川さんの住んでいるというアパートに着いた。
なにもそういうことになるとは決まっていないのだから、意識しないようにしたい。
と思っているが、玄関まで入って心臓が口から出そうになった。ふわっと皆川さんのいい匂いがして、意識しないようにすればするほどしてしまう。
家の中はピンクとか白とかばかりで、女の子、という部屋だ。適当に座ってくださいと言われ、緊張しながらも机の前に腰を下ろす。
すると皆川さんもゆっくりと俺の隣に腰を下ろして来た。
「そ、それで? えっと……」
しんとした静かな空気が恥ずかしいので、用があるなら早く済ませたい。
「ふふ、佐久間さん、さっきから緊張してますか?」
「え!? そりゃするって!」
「もー、とぼけないで下さいよ」
皆川さんがクスクス笑うから、俺もあははと笑ったら、皆川さんの手がゆっくりと俺の首に巻きついてくる。
ズイッと皆川さんの顔が近づいてきて、思わず皆川さんの肩をがっしり掴んだ。
「ま、待って待って!」
「え? わかっててついて来たんじゃないんですか?」
キョトンとした顔で皆川さんは上の服をガバッと脱いで、キャミソール姿になる。
そしてどこから取り出したのかわからないコンドームを俺に見せて、俺の太ももを触った。
「佐久間さんも好きでしょ?」
「ちょ、ま……」
瀧の言葉がちらつく。違う。そんなんじゃない。俺は瀧みたいにはならない。
「待って!!」
ぐいっと皆川さんの肩を再び掴んで、押しのける。勢いよく立ち上がって、自分の上着を皆川さんの体に被せた。
「皆川さん、こういうことよくするのか?」
「……しますけど……気持ちいいですから」
気持ちいいですから、と言った皆川さんの声が頭の中で鳴り響く。皆川さんからそんな言葉、聞きたくなかった。
「自分のこと、もっと大事にしないとダメだろ!」
「えー? なにそれ……ドラマみたい」
気持ちいいのかは、したことがないから知らないけど……こんなに可愛い子が、こんなに簡単に男を家に上がらせたら危ない。それについていった俺も最低な男だけれど。
「俺がすげー酷い男だったら、そんなゴムつけてくれないやつもいる。こんなことしてたら……いつかいい人見つけた時にきっと後悔するよ」
なんて、カッコつけたことを言ったが……俺は彼女もできたこともないし童貞である。
何も言わずに俯く皆川さんの頭をポンっと軽く叩いて、玄関へ向かう。
「上着はまた今度返してくれたらいいから」
「……はじめて……」
ぽつりと皆川さんの声が聞こえて、振り返る。皆川さんはぼうっとした表情で俺を見て、俺の上着を握りしめて言った。
「初めてそんな風に言ってもらえた……」
ぼうっとした表情で俺を見てそう呟く皆川さん。
皆川さんは初めからそうだった訳じゃない。今まで皆川さんにどんなことがあったのかはわからないが……きっと皆川さんをそうさせたのは、周りなのだ。
「……今日はゆっくり休んで、またバイト頑張ろうよ」
「……はい……ありがとうございます……」
だとしたら瀧があんななのも、何か理由があるのかな。皆川さんの家の戸を静かに閉めて、肌寒い外を歩いて、考えていた。
皆川さん、胸大きかったな……
最初のコメントを投稿しよう!