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市川恵と藤田遥希は幼稚園からの幼馴染だ。仲良くなったきっかけは、覚えたての漢字を光希が読んだことだ。幼稚園の持ち物の名前はひらがなで書くことになっていたが、恵の母親が誤って漢字で書いたのだ。
「ぼく、よめる! きみ、けいちゃんっていうんだね」
恵にそう声をかけたのは、女の子のような、可愛らしい顔をした少年だった。彼の姉が恵子という名前だから、恵の字をけいと読むことを知っていたのだ。
「ちがうよ、わたしのなまえは、めぐみだよ」
恵は、遥希の声かけにはっきりと答えた。
「はるきに好きな人かぁ」
恵はしみじみと言う。
「相手は誰なの?」
「同じクラスの、鈴原、涼子さん」
鈴原涼子と言えば、クラスでも男女問わず人気者の女子だ。ショートカットに切れ長の目で、可愛いと言うより綺麗と言う言葉が似合う。成績も良くバレー部に入っていて運動も得意だ。明るく誰にでも優しい。
黙ったままの恵に、遥希は照れたようにほおをかいた。
「ね、呆れちゃうよね。鈴原さんが、僕のこと相手にするわけないよね」
恵は肩をすくめた。
「そうかしら? 十分釣り合ってると思うど。ふじたくん」
恵が学校にいる時の名で遥希を呼ぶと、彼は途端に嫌そうな顔をした。
二年B組の藤田遥希くんと言えば、恵の通う第一中でも有名人だ。可愛らしかった顔は、成長するにつれて端正な顔立ちのカッコいい藤田くんになった。勉強や運動も鈴原涼子には及ばないが、出来る。物腰柔らかで優しい彼はそこそこの人気者で、女子からモテているのだ。知らないのは彼自身だけなものだろう。
「告白してみたら?」
恵はにやにやと、面白がるように言った。
「簡単に言わないでよー」
「良いじゃない」
「だったら、けいちゃんもそのナントカ先輩に告白してよ」
恵は、視線を逸らした。
「だって、先輩には彼女いるしーー」
恵が口ごもると、遥希は苦笑した。
「ごめんーー、でも、けいちゃんの好きになる人はいつも相手がいるよね。それだけ人気の相手なのかなぁ」
遥希は指折り、見上げながら数えた。
恵に初めて好きな人が出来たのは、小学五年の時だ。別のクラスのスポーツの出来る男の子だった。背が高くて人気の子で、その当時やはり彼女がいた。次に好きになったのは、中学一年生。三年の先輩で、テニス部だった。同じ学年の彼女がいた。やはりその時も引退試合を見に行った。
恵が遥希に好きな人が出来たと報告するのは今回で三人目で、歴代全員に彼女がいた。
「そうね。彼女がいるくらい素敵な人に惹かれちゃうんだわ」
遥希はその言葉を、黙って聞いていた。重苦しい雰囲気を感じ、恵は明るく言った。
「ほら、鈴原さんは彼氏いるなんて聞いたことないし。告白すれば、意外といけちゃうかも」
遥希は少し笑って、頷いた。どうせ遥希に告白など出来ないだろうと、恵は高を括っていた。
遥希から、鈴原涼子と付き合うことになったと報告を受けたのは、それから二週間後だった。
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