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 幼稚園の頃、遥希は恵の後についてばかりいた。よく女の子に間違えられていた遥希は、女男と呼ばれよくいじめられていた。  ある日遥希が幼稚園にクマのぬいぐるみだを持ってきた。大層大事そうに持ち歩くそれを、いじめっ子達が奪った。泣き叫ぶ遥希の代わりにそれを取り返してくれたのは、当時発育がよく体がもも組で一番大きかった恵だった。 「けいちゃんは、ぼくのぬいぐるみのステディだね」  意味のわからない言葉を使う遥希に、恵は顔をしかめた。 「すて、なに?」 「こいびとってこと! いままではぼくがこのこのステディだったんだけどーー、けいちゃんにゆずる!」  恵は益々顔をしかめた。ステディという言葉は、英会話教室に通う姉に言われたらしい。ぬいぐるみにベッタリの遥希をからかって、「この子はあんたのステディなのね」、と。 「わたし、このぬいぐるみとこいびとなの?」 「そう! だから、これからもこのこをまもってくれるとうれしいな」  遥希はぬいぐるみを抱えて、恵に差し出した。栗色の毛に、真ん丸いビーズのような目と合う。恵はそれを遥希に突き返した。 「これはあんたがもってなよ。わたしはこのこのステディなんかじゃかいよ。このこのステディは、あんた」  遥希はパッと、恵を見上げた。 「ありがとう! じゃあけいちゃんのステディにはぼくがなるね!」  笑顔の遥希に、恵はぎょ、とする。 「え? あんたがわたしの、なに?」 「きみはぼくのステディ。こいびと、ってこと!」  にこにこと、遥希は恵に言うのだった。  恵は遥希よりも背が高くて、いつも彼を見下ろしていた。しかし、遥希は中学に入ったあたりから背が伸び出し、あっという間に恵の身長を抜かした。  はるちゃん、と皆に呼ばれていたのに、今は藤田くん、と恥ずかしそうに異性から声をかけられるようになった。  そして、鈴原涼子の彼氏となったのだ。遥希から報告を受けても恵は半信半疑だった。しかし、ある朝、待ち合わせをして登校する二人の姿を見た時、恵は信じざるをえなかったのだ。
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