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恵は友人のイクミと、瀬川先輩のバスケ部引退試合に来ていた。引退試合、と言っても、県大会の類は終わっていて、三年と下級生に分かれての練習試合のようなもので、校内の体育館で行われる。瀬川目当てであろう沢山の女子が観客席にいる中、はじの方にチョコンと二人で座る。
「めぐみって趣味悪いよね」
イクミはぽつりと言う。ボブに校則違反であるパーマをかけている。薄くファンデーションとチークをしており、リップも恵とは違い、色付きのものだ。本来は恵と同じ奥二重だが、アイプチで二重になっている。恵は彼女の完成形を見るたび感心する。
「誰の趣味が悪いって?」
「だってさー、顔は確かに良いけど。知ってる? ブスには塩対応なんだって」
イクミは小声で囁く。周りは彼のファンばかりだ。聞かれるのはまずい。
「イクミは大丈夫じゃん? 今の顔なら」
「おーい、それはどうゆう意味ダァ?」
イクミにぐりぐりと、頭を乱暴に撫でられる。恵が苦笑しながらそれを受けていると、周りから歓声が上がる。どうやら瀬川がゴールを決めたらしい。
「お、お、ほら、見なくて良いのかよ。よく分からんが、先輩活躍してるぞ」
イクミが瀬川を指差す。
「失礼だって」
慌てて恵はイクミの手を抑える。観客席から瀬川を見下ろすと、こちらを見ていた。
試合は三年チームが勝利した。コート内で先輩後輩が抱き合い、引退試合は終了した。
「ねぇ」
恵とイクミは体育館の出入り口で、試合を終えたばかりの瀬川に呼び止められた。周りには彼のファンの女子が沢山おり、注目を浴びる。
瀬川はタオルで顔を拭きながら、さわやかに歯をむき出して笑うと話し出した。
「俺のこと見てたよね?」
明らかにイクミを見ていた。
「え、見てないですけど」
自分に話しかけていると気づいたイクミが、にべもなく答えると、周りの空気が凍った。瀬川も歯をむき出したままである。恵はイクミの腕を掴むと、「すみません、申し訳ございません」と言いながら急いで校舎への連絡通路を走り抜けた。
校舎に入りしばらく廊下を歩いたところで、恵はイクミに向き直った。
「あんた、何言ってるの。周りにいたの皆、瀬川先輩のファンなんだからね」
「え? だって、別に見てないし。見てたのは、めぐみでしょ?」
「きっと、あんたが指差したからでしょ」
恵はため息をつく。イクミは不思議そうにその様子をみた。
「めぐみさ、ショックじゃないの? 先輩、私に声かけてましたけど」
恵はかぶりをふる。
「全然? 瀬川先輩は観賞用で好きなだけだから。彼女いんの知ってるし」
「さいですか。ーーえっ? 彼女いるくせに他の奴らがいる前で声かけてきたの?」
イクミは憤慨したらしく、顔をしかめる。サイテー、と吐き捨てるように言った。
ところで今日は土曜日なのだが、遥希は鈴原涼子とデートであった。ふと、そのことが頭をよぎると、恵は気もそぞろになるのだった。
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