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5
季節は冬になった。
瀬川に塩対応をしたイクミはしばらく彼のファンの嫌がらせにあったが、新たなるスターの登場により収まった。二年の綿貫航平である。元々子役をやっていたらしいが、この度学園ドラマに主人公の相手役として出たのだ。瀬川のファンは手のひらを返したかのように、綿貫に夢中になった。彼女達にとってもまた、恵と同じように、瀬川のことは観賞用だったのだろう。
恵も、綿貫航平のファンになった。
遥希は、鈴原涼子との交際を続けていた。
ある土曜日。塾の帰り道、恵はすっかり暗くなった道を歩いていた。普段は母親に送り迎えしてもらっているが、休日出勤が入ってしまったのだ。
「さむっ」
恵は体を震わせた。コートを着ているが、そろそろマフラーと手袋もした方が良いかもしれない。手を口に当て、はー、はー、と息を吐く。
家の前に人影があった。
「あ」
恵は随分と久しぶりのような気がした。
「あんた、そのカッコ」
恵が声をかけると、遥希はくしゃりと笑った。
「おかえり、けいちゃん。塾通い出したんだってね」
目元が赤い。泣いたらしい。
「うん、そう。来年は受験生だし」
恵は家の外門の扉を開ける。
「ほら、中入ったら? 寒いし」
「良いよ。おばさん、いるでしょ? こんなカッコじゃ、上がれないよ」
大丈夫、母さん仕事で遅いから。
恵がその言葉を言う前に、遥希は話し出した。
「今日、この姿で鈴原さんに会ったんだ」
「ーーそう」
「見せる必要はなかったん、だけど、どうしてもーーどうしても、僕の」
遥希は顔を手で覆う。震え声で話すその姿は、いつもの藤田くんではなくて、あの頃のはるちゃんのままだった。
遥希の手の隙間から、白い息が溢れる。
「距離があるって、隠し事してるんじゃないかって、彼女が、いうから。だから、こんな僕でも、受け入れて、欲しくて」
幼い頃の遥希は、よく女の子と間違われた。それは可愛らしい顔だけが原因ではなく、その服装のためでもあった。
「はるちゃんーー」
恵は、もう呼ばなくなった愛称で彼を呼んだ。
グレーのコートを着ているが、その裾から覗くのはズボンではなく明らかにスカートだった。遥希の気に入りの、ピンクの小花柄ワンピースを着ているらしい。頭にはロングヘアのカツラを被っており、はたから見れば大柄の女性のようである。
幼い遥希は、女の子の格好がよく似合った。遥希の姉が、よく彼に自分の服を着せていたのだ。そして、遥希自身も女の子の格好が好きだった。もう似合わなくなった、今でも。
「僕とはもう、付き合えないって、ごめんなさいって、謝られちゃった、彼女を、困らせて」
ポツリ、ポツリ。
吐き出す遥希の肩を、恵は優しく叩いてやった。
「こまらせて、しまったんだ」
「そうか、そうか」
それだけ言って、恵は黙った。
鈴原涼子は本当に良い人だ。きっと遥希のことを言いふらしたりはせず、胸にしまってくれるとは思う。その事を伝えても彼には何の慰めにもならないだろうから、恵は伝えなかった。
目の前の歪な姿の幼馴染を受け入れられるのは、自分だけだと思う。それでもーー。
(ねぇ、はるちゃん、覚えてる?
先に好きな子を作ったのは、はるちゃんなんだ)
小学三年生の遥希は恵に告げたのだ。「同じクラスのエリちゃんが好きなんだ」って。
恵は驚いた。幼稚園の時に遥希は彼女に言ったのに。ステディだって、こいびとだって。それがずっと続いていると思っていた自分自身にもーー。
恵が好きになる対象を見つけるのは、遥希に対する当て付けのつもりなのだ。彼にとって何の効果もなくとも。
(こんなあんたを受け入れられるのは、私だけなのに。それをあんたは知っている癖に。
私を選びやしない。
だから、私は、あんたが嫌いよ)
遥希の肩を撫でる手に力がこもる。この手で彼を突き放してやれたら。
(それこそ、出来やしない)
恵は、自嘲するように、笑った。
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