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マンションから出てしばらくは、南央斗は無言で郁の手を引いて歩いていた。
郁の先を歩く南央斗の表情は見えなくて、怒っているのかそうでないのかわからない。
けれど、郁の手を握る力の強さから、南央斗の感情が波立っていることだけは感じ取れた。
「‥‥あの、南央斗さん‥‥!」
「‥‥あ、‥‥手、ごめんね。痛かったよね」
何か言わなければいけない気がして、大きめの声で呼びかけると、南央斗はハッと我に返ったように振り向いて、郁の手を離した。
そして、どこか悲しそうな笑顔を浮かべながら、郁と向き合う。
「‥‥さっきはごめんね。姉ちゃん、ちょっと過保護気味でさ」
「いえ‥‥それは全然、大丈夫なんですけど‥‥」
ふるふると首を横に振っていると、南央斗はじっと郁を見つめたまま、静かに口を開いた。
「‥‥郁ちゃん、俺に何か聞きたいことがあるんじゃない?」
「え‥‥」
「実は今日、津川が郁ちゃんに何か言ってんの、見ちゃったんだよね。あいつのことだから、南央斗には気を付けろとか、あいつはヤバいとか、そんな感じのこと言ったんじゃない?」
きっと、郁を探しに来てくれた時、津川と話しているのを見てしまったのだろう。
津川に言われたことも、まさに南央斗の言う通りで、郁はどう返していいかわからずに、俯いてしまった。
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