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「‥‥聞きたいことがあるなら、聞いてくれていいよ」
いつもの賑やかさが嘘のように、南央斗が静かに、淡々とそう言ってくる。
その声音が、何かを諦めたような、どこか投げやりなものに聞こえて、郁は思わず南央斗を見た。
南央斗は、いつものように笑っているけれど、その笑顔はやっぱり本物の笑顔ではなくて、痛々しい。
郁は南央斗に歩み寄り、距離を詰めると、しっかり南央斗と目を合わせた。
「‥‥いえ。南央斗さんが言いたくないなら、何も言わなくていいですし、聞きません」
「え‥‥」
「確かに、津川さんから色々言われて、気になりましたけど‥‥でも、決めたんです。津川さんの言葉じゃなくて、私の知ってる南央斗さんを信じようって」
「‥‥‥‥」
「私にとっては、いつもお店の雰囲気を明るくしてくれて、優しくて親切な南央斗さんが全てです」
もちろん、誰しも裏の顔はある。南央斗にも、お店で見せる以外の顔があるのかもしれない。
けれど、それを全部知らなければいけないとは思わない。
郁は、南央斗が今、法に触れるようなことをしているとは思わないし、過去の事だって、言いたくなければ言わなくていい。
そんな思いを込めて、南央斗を見つめ、郁は微笑んだ。
南央斗は、しばらくまじまじと郁の顔を見ていたが、数秒の間の後、緊張から解き放たれるように、「‥‥はは」と小さく笑った。
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