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「ねぇねぇ、見てこれー、おにいちゃんカフェだってー!」
「この近くだよねー、行ってみたくない?」
授業を終えた帰りなのか、スマホを片手に楽しそうに喋りながら、平日の商店街を闊歩する女子大生たち。
そんな彼女たちとは正反対に、肩を落としながら顔面蒼白でふらふらと歩く人影が一つ。
「‥‥あぁ―――、どうしよう‥‥‥‥」
華やかに着飾った女子大生たちと同じ年頃。
けれど、服は着古したよれよれの白シャツにジーパン、自分で短く切っている髪は不揃いで、ビン底のようなメガネは一昔前の苦学生のよう。
花も盛りの20歳とは思えない容貌で、美山 郁は、人もまばらな平日夜の吉福寺を歩いていた。
遡ること数時間前。
「あのねぇ~美山さん、もう何か月家賃滞納してると思ってるの!?」
「本当に申し訳ありません…!」
吉福寺から一駅離れた住宅地、古びたアパートの玄関先で、郁はひたすらに頭を下げていた。
「かれこれ3か月滞納してるのよ!?いい加減こっちも待てませんからね!」
「お怒りはごもっともです…!」
何も言い返すことが出来ない郁は、平身低頭謝り続けるが、大家さんの怒りは収まらない。
「4月は新学期がどうだのって滞納して!」
(その月は朔の新しい教科書購入費がかさんで…)
「5月は5月で、連休に物入りだって滞納して!」
(その月は美玖の林間学校で費用がかさんで…)
「6月は学期末が近いだのなんだのって滞納して!」
(6月は陸の給食費の支払いがかさんで…)
「ほんとにいい加減にしてちょうだい!」
ヒステリックに叫ぶ大家の女性に頭を下げ続けながら、郁は必死に訴えた。
「今月は、今月こそはきちんとお支払い出来ますので…!」
「本当でしょうね!?」
「はい!」
今月は弟妹の学校で特別な支払いはないはずだから…!と、郁は力強く頷いた。
「月末までにこれまでの分もまとめて支払ってくれなければ、出て行ってもらいますからね!!」
「は‥‥はい、お給料が入り次第必ず!」
不穏な大家さんの言葉に、一瞬不安になりながらも、(大丈夫、今月こそは…!)と、郁は自分に言い聞かせ、大家宅を後にした。
美山 郁、20歳。
4人きょうだいの長女で、弟妹は上から、朔13歳、陸10歳、美玖7歳。
1年前までは両親との6人暮らしだったが、母が急な病気で亡くなってから、父が家を空けがちになり、今ではほとんど郁が家計を切り盛りしている。
父は放埓な性格で、定職につかず、ギャンブルに金を使うことも多かったため、もともと裕福な家庭ではなかった。
それに加えて、しっかり者だった母が亡くなってからは、まさに爪の先に火をともすような生活。
生活費に加え、弟妹の学校関連の出費を稼ぎ出すため、郁は通っていた製菓の専門学校を辞め、夜勤があって時給のいい菓子製造のアルバイトに毎日精を出している。
(‥‥生活費だけならなんとかなると思ったけど、学校ってこんなに色々出費があるんだなぁ‥‥考えが甘かった――‥‥)
弟妹の学費の類は、亡き母が学資保険や定期預金で用意してくれていたからなんとかなるが、教材費や行事の費用など、3人いれば毎月何かしらの支払いがある。
4人分の生活費に加えて、五月雨式に襲ってくる学校関連の出費で、美山家の家計は常に火の車だった。
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