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警察に男を引き渡し、その場で簡単な聴取を終える。
そういえば、あの女の子は‥‥と思っていると、婦人警官に付き添われ、女の子が郁のほうに近付いてきていた。
「‥‥あ、あの、ありがとう、ございました‥‥」
まだ少し震えた声でそう言うので、郁は笑顔で首を横に振る。
「‥‥大丈夫?お母さんかお父さん、迎えに来てくれるって?」
「‥‥はい‥‥もう少しで、お母さんが来るので‥‥」
「そっか、なら良かった。‥‥いや、良かったっていうのは違うかな」
そう言って、郁は少し背をかがめて、まだ小さなその女の子と目線を合わせた。
「‥‥怖かったよね、びっくりしたよね。泣きたかったら泣いていいんだよ、その方が辛さも減るかもしれないから」
郁の言葉に、女の子は一度、くしゃりと顔を歪めて、我慢していたものを吐き出すかのように泣きだした。
思わず頭を撫でそうになったけれど、さっきの事件の後で、急に他人に触られたら嫌だろうと、慌てて手を引っ込める。
その代わり、ズボンのポケットに入れていた、アイロンのきいたハンカチを、そっと女の子に差しだした。
「‥‥大丈夫。世の中、あんな変な男の人ばっかりじゃないからね。大丈夫だよ」
そう言って、出来るだけ優しく、女の子に微笑みかける。
女の子は、郁の目を見つめた後、涙に目を濡らしながらも、「はい‥‥」と答えて、少しだけ笑ってくれた。
―――その時、郁は、メガネの男性がこの一部始終を見ていたことに、全く気付いていなかった。
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