ひとごみ

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 まだ眠い日曜の朝。  夜更かしを楽しんだなごみの手には昨夜のままにスマホが握られていてそれの振動で目が覚める。画面には『着信中』と『お母さん』の文字。  切断を押して身体を起こす。壁掛け時計に目をやるとまだ七時前だった。  なごみは欠伸とうめきを漏らして眠い目を擦ると、まだふらつく身体を引きずるようにして部屋から出た。 「……なぁにーお母さーん」  多少に恨みがましい声音で言いながら階段を降りると、母の気配のするキッチンへと足を向ける。鼻腔をくすぐる出汁の香りは毎朝欠かさない味噌汁の匂い。一年以上前から続くそれは、健康診断に引っ掛かるようになった父のために母が作るようになった野菜と茸類のたっぷり味噌汁。何かと口うるさい母だったが、そういう気遣いや思いやりのある母のことは、やはり尊敬している。 「やっと起きた。ゴミ回収きちゃうから、早く出してきてね」  なごみへと振り返り呆れたように言う母に、訝しげな表情をしてみせた。確かにゴミ捨て当番は兄から変わってなごみの仕事だったけれど、今日は日曜日だ。 「やっぱり忘れてる。今日は第三日曜日でしょ。今日出さないと二ヶ月先まで回収ないんだからね」 「……あ、そっか。ごめん、わすれてた」  偶数月の第三日曜日。冷蔵庫の側面に貼ってあるゴミ回収カレンダーに目をやると確かに赤マルが付いている。こんなレアゴミの日覚えてないよ。心の中で悪態を付いて、だけれど仕方なくなごみは玄関に向かった。 「重いから気をつけてね」 「わかったぁー」  だったらお父さんに頼めばいいのに。そう思ったけれど連日遅くまで働いている父のことを思うと口には出来ない。口にしないだけで父には感謝しているし尊敬もしてはいるのだから。友達にファザコンとか言われそうだから口にすることはないと思うけれどね。  学校指定のローファーに裸足をねじ込みパジャマ姿のままで家を出ると不思議な感覚になる。学校には行かないのに学校に行く靴。それを裸足で履く。そして制服ではなくパジャマ。意外とそれは初めての体験で、なごみはすっかり目が覚めてしまった。  覚めた目に飛び込んできたのは手押し台車にのせられた、市の指定の箱。市役所などで購入してこれに入れないと回収してくれないらしい。値段はなごみのお小遣い数ヶ月分。やっぱり処理費用がかかるのだろうか。  ロープで縛ってしっかり封のしてあるそれをなごみは押して門を出る。結構重い。一人で下ろせるかな、これ。  そんなことを考える間も無く、ゴミ捨て場が見えてくる。やっぱり二ヶ月に一回だからだろう。普段からは想像できないくらいに近所の人がいる。捨て損ねたら二ヶ月も保管するなんて邪魔だもの。 「おはようございまーす」 「あら、なごみちゃん。おはよう」  よく知った隣の奥さんもいた。その前には人ごみ。どうやら市の職員が立ち会って指定の回収箱かどうかを確認しているようだった。 「前の時に指定外のやつで出してるのが多かったみたいで、チェックが厳しくなってるみたいよ」 「わー、大変だ……すっごい人だ。時間かかりそうですね」  人ごみの向こうに見える大きなゴミ収集車。人ごみからきこえる呻くような声。 「そうねぇ……私ももう三十分待ってるもの。人ごみ凄いわね」  そう言って奥さんも呻く。 「うえー」  なごみもつられて呻く。  何人くらい待ってるのかなぁ。並ぶように集まっている人。各々の足元に、棺桶の様な箱。  ゴミ捨て場。  月、木、可燃ごみ。  火、金、不燃ごみ。  第一第三水曜日、資源ごみ。  色々書いてあるその一つ。  偶数月。第三日曜日…… 「……わっ」  ……ごみ。なごみの台車から、ごとんと。  跳ねるようにして箱が落ちた。
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