彰人 1

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彰人 1

 同級生の長倉が、俺の前で突然宣言した。 「これから毎日、秦野といっしょに帰る!」    昼休みの教室だった。クラスメイトが周りにたくさんいた。  あまりに堂々とした宣言だったから、みんなは冷やかすどころか、口をあんぐり開けたままだった。  一番あんぐり開けていたのは、俺だったかもしれない。  手から箸を落として、我に返った。慌てて拾って、机の角に頭をぶつけた。  弁当はまだ一口残っていたが、あたふたと片付けた。 「何で?」  長倉とは3年から同じクラスになった。部活も違う。中学も違うはずだ。そうだとすれば、帰り道も違うかもしれない。接点が見つからない。  いっしょに帰る……?   リア充とは縁遠い。そんな俺でも、それがどんな意味を持つかは知っている。  まさか。長倉は、ミス白峰高だ。そんなはずは……。 「好きになったからに、決まってるでしょ」  え! い、今のは聞き間違いか?  でも、長倉は、顔を真っ赤にして口をとがらせている。本気なのか?  いや、きっと、何か事情があるに違いない。  ここはひとまず、長倉を落ち着かせよう。周りのみんなも騒ぎ出すだろう。 「わかった」  絞り出すように声を出したとたん、5時間目の始業のチャイムが鳴った。  そうして、毎日二人で帰るようになった。  俺はもともと、話し上手ではない。話が途切れると、長倉が「そう言えば」と言って話題を振ってくれた。  俺は……あがっていたのだ。  何と言っても、あの長倉美也子だ。学校中で知らない人はいない。  顔は女優の上村なぎさ似で、スタイルもモデル並だ。成績も良くて、パワフルで、生徒会の副会長でもある。  別れ際に指切りをせがまれた時は、あんまり無邪気に言うものだから思わず言ってしまった。 「子どもみたいやな」  怒るかなと思ったのに、それこそ子どもみたいに、にいっと笑った。  それでも、いっしょに帰りたい理由が、他にもあったのは読み通りだった。  二人で歩いていると、行く手をふさぐ奴がいた。緑高のバスケ部のキャプテンの中西だった。地区の大会で、見たことがある。 「今日こそ、返事を聞かせてもらえないか」    そばにいる俺のことなど、眼中にないようだった。  中西がずいっと近づくと、長倉は俺の後ろに隠れた。俺は小声で長倉にたずねた。「何の返事?」 「つき合ってって、言われてるの」  長倉が俺の制服をぎゅっと掴んだ。それが、長倉の答えだと思った。 「長倉さんとつき合ってる秦野といいます。もう長倉さんに近づかないでもらえますか」  中西はあごを上げて、ぎろりと俺を見た。 「俺の方が、先に申し込んだんだ」 「それでも、長倉さんは今、俺の方についてる。それが長倉さんの気持ちなんじゃないですか」  そう言いながらも、のどがカラカラに乾いていくのがわかった。これ以上面と向かうのは無理だ。「行こう」自転車をぐいっと前に進めた。  二人で速足で歩いていると、中西は諦めたのか、ついては来なかった。  きっと俺は、中西対策だったんだろう。それなら、あの教室での宣言は? 「何で……俺?」  すると、長倉は顔を真っ赤にして、しどろもどろに俺の目や手や声が良いと言う。俺は自分のことはわからなかった。それ以上に、長倉がそんな表情をするのが、意外だった。  そして、俺につき合っているのか確認してきた。いつもの長倉はパンパンと、何でも決めるのが早い。俺とのことも、当然そうなんだろうと思っていた。  それとも、ただいっしょに帰るだけでは、つき合ってることにはならないのか? 「俺はそのつもりだったけど、長倉は違ってた?」 「ううん、本気!」  そして、長倉は俺のことを「彰人」と呼ぶと、自分のことも下の名前で呼んでほしいと言い出した。なかなか呼べずにいると、長倉は泣きそうな顔になった。そんなことで、泣かないでほしい。 「……美也子……」  すると美也子ははにかむように、目を細めて笑った。  そして、美也子に手を取られて、重ねた。美也子の手は小さくて、握ると俺の手の中にすっぽりと納まった。  その時の美也子の顔は、花が咲いていくようだった。もしかしたら、それは自分だけが知っている顔かもしれないと思った。
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