14人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
彰人 1
同級生の長倉が、俺の前で突然宣言した。
「これから毎日、秦野といっしょに帰る!」
昼休みの教室だった。クラスメイトが周りにたくさんいた。
あまりに堂々とした宣言だったから、みんなは冷やかすどころか、口をあんぐり開けたままだった。
一番あんぐり開けていたのは、俺だったかもしれない。
手から箸を落として、我に返った。慌てて拾って、机の角に頭をぶつけた。
弁当はまだ一口残っていたが、あたふたと片付けた。
「何で?」
長倉とは3年から同じクラスになった。部活も違う。中学も違うはずだ。そうだとすれば、帰り道も違うかもしれない。接点が見つからない。
いっしょに帰る……?
リア充とは縁遠い。そんな俺でも、それがどんな意味を持つかは知っている。
まさか。長倉は、ミス白峰高だ。そんなはずは……。
「好きになったからに、決まってるでしょ」
え! い、今のは聞き間違いか?
でも、長倉は、顔を真っ赤にして口をとがらせている。本気なのか?
いや、きっと、何か事情があるに違いない。
ここはひとまず、長倉を落ち着かせよう。周りのみんなも騒ぎ出すだろう。
「わかった」
絞り出すように声を出したとたん、5時間目の始業のチャイムが鳴った。
そうして、毎日二人で帰るようになった。
俺はもともと、話し上手ではない。話が途切れると、長倉が「そう言えば」と言って話題を振ってくれた。
俺は……あがっていたのだ。
何と言っても、あの長倉美也子だ。学校中で知らない人はいない。
顔は女優の上村なぎさ似で、スタイルもモデル並だ。成績も良くて、パワフルで、生徒会の副会長でもある。
別れ際に指切りをせがまれた時は、あんまり無邪気に言うものだから思わず言ってしまった。
「子どもみたいやな」
怒るかなと思ったのに、それこそ子どもみたいに、にいっと笑った。
それでも、いっしょに帰りたい理由が、他にもあったのは読み通りだった。
二人で歩いていると、行く手をふさぐ奴がいた。緑高のバスケ部のキャプテンの中西だった。地区の大会で、見たことがある。
「今日こそ、返事を聞かせてもらえないか」
そばにいる俺のことなど、眼中にないようだった。
中西がずいっと近づくと、長倉は俺の後ろに隠れた。俺は小声で長倉にたずねた。「何の返事?」
「つき合ってって、言われてるの」
長倉が俺の制服をぎゅっと掴んだ。それが、長倉の答えだと思った。
「長倉さんとつき合ってる秦野といいます。もう長倉さんに近づかないでもらえますか」
中西はあごを上げて、ぎろりと俺を見た。
「俺の方が、先に申し込んだんだ」
「それでも、長倉さんは今、俺の方についてる。それが長倉さんの気持ちなんじゃないですか」
そう言いながらも、のどがカラカラに乾いていくのがわかった。これ以上面と向かうのは無理だ。「行こう」自転車をぐいっと前に進めた。
二人で速足で歩いていると、中西は諦めたのか、ついては来なかった。
きっと俺は、中西対策だったんだろう。それなら、あの教室での宣言は?
「何で……俺?」
すると、長倉は顔を真っ赤にして、しどろもどろに俺の目や手や声が良いと言う。俺は自分のことはわからなかった。それ以上に、長倉がそんな表情をするのが、意外だった。
そして、俺につき合っているのか確認してきた。いつもの長倉はパンパンと、何でも決めるのが早い。俺とのことも、当然そうなんだろうと思っていた。
それとも、ただいっしょに帰るだけでは、つき合ってることにはならないのか?
「俺はそのつもりだったけど、長倉は違ってた?」
「ううん、本気!」
そして、長倉は俺のことを「彰人」と呼ぶと、自分のことも下の名前で呼んでほしいと言い出した。なかなか呼べずにいると、長倉は泣きそうな顔になった。そんなことで、泣かないでほしい。
「……美也子……」
すると美也子ははにかむように、目を細めて笑った。
そして、美也子に手を取られて、重ねた。美也子の手は小さくて、握ると俺の手の中にすっぽりと納まった。
その時の美也子の顔は、花が咲いていくようだった。もしかしたら、それは自分だけが知っている顔かもしれないと思った。
最初のコメントを投稿しよう!