第4章 王殺し

2/7
726人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
 小さな村をいくつも抜け、ときに少し大きな街も抜け、やがて周囲の光景が賑やかさを増した。都会になればなるほど獲物を見つけることが難しく〈王殺し〉はみるみる痩せ衰えた。ふさふさと大きな尻尾も、栄養不足と汚れでどうにもみすぼらしい有様だ。  もちろん、飢えと渇きに苦しんでいるのは〈王殺し〉だけではない。旅を続けるうちに彼は、干ばつがこの国の全体を襲っていることに気づいた。長い道のりの間、一度だって雨は降らないし、出会う人の顔はどんどん暗くなる。ひとつ新しい街に入るごとに、市場の様子はどんどん寂しくなっていった。  やがてこれまで見たことないほど大きな街に入った。街の中心に高い塔を持つ大きな宮殿の姿を見て〈王殺し〉は「ここが王都なのだろう」と思った。 「グググ……」  ようやくたどり着いた感慨の声は、やはりただの獣のうなり声にしかならなかった。だが、旅の疲れで痩せ衰えた体は異形の獣ではあることは変わらないものの、威圧感はいくらか緩和されているはずだ。  何より喜ばしいのはやっと王都まで来たということ。王都には王が住んでいる。その王を殺しさえすれば、自分は人間の姿と名前を取り戻すことができる。そう考えると喜びで疲れ果てた体に力がみなぎるようだった。  だが、もちろん話は簡単ではない。王というからには宮殿で多くの警護に守られ生活しているに違いない。実際に出会いさえすればこの大きな体と鋭い牙で簡単に仕留めることができるだろうが、どうやって王に近づくかは大きな問題だ。そもそも〈王殺し〉は、王の姿も顔も知らない。どうやって王を見つければいいのだろうか。 「おい、もうすぐ〈王の挨拶〉の時間だぞ」  ふいに誰かがそう言うのが聞こえた。〈王殺し〉は小さな耳をピンと張りつめ、聞き耳を立てた。 「本当だ、宮殿に行くか。おい、お前はどうする?」 「ううん、俺は今日はやめておくよ。毎日ああして祈っても雨のひとつも降りやしない。俺は最近どうもあの王はな」 「なんだ、信心の足りないやつだな」  道端にいた男たちはそう言葉を交わし、ひとりだけをその場に残して宮殿に向かって歩きはじめた。  王の挨拶、というのが何なのかはよくわからないが、この男たちについていけば王の姿を見ることができるのかもしれない。〈王殺し〉の心は期待に躍りだし、男たちの後をつけることにした。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!