第4章 王殺し

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 入り込んだ王宮の中庭で、バルコニーに現れた頼りない人影に向かって人々が歓声を上げるのを見て〈王殺し〉は目を疑った。  ――子どもじゃないか。  年の頃は十四、五だろうか。それは線が細い、女のような顔をした少年だった。王という名称から想像していた、凜々しさ、荘厳さ、ふてぶてしさ、そのいずれも一切持ち合わせていない彼はいかにもお仕着せな儚く美しい衣装を着て不安そうにまつげを震わせている。  自身が多くの人々の前に立ち、その歓声を浴びることにすら怯えているような〈少年王〉の姿に、〈王殺し〉はひどく動揺してしまう。何しろ〈王殺し〉は不思議な声から「王を殺せ」と命じられたのだ。その命を果たさなければ名前も人間の姿も返してもらえないのだから、一刻も早く王を殺すしかないと思っていた。  もちろん一切の面識もなく、恨みなどあるはずもない相手だからためらいはある。だから心の中でひたすら、自分が殺すことになる王が悪い奴であればいいと思っていた。ひどい暴君で圧政をひいていたり、どうしようもない痴れ者で人々を悩ませていたり、そういうことであれば少しでも良心の呵責(かしゃく)は少なくなる。だが、あれはどうだ。ただの貧弱な子どもに過ぎないじゃないか。  金銀細工の飾りを山ほどつけた腕を重そうに持ち上げ、彼が小さく手を振ると、民衆は歓声をあげる。だが、その中には少なからず懇願の響きも混ざっていた。 「我が君よ、どうぞご慈悲を」 「雨を、雨を降らせてください〈少年王〉」 「この国はあなたのお心次第。ほんの少しの雨をお恵みください」  辺境で生まれ育った〈王殺し〉は、王というものをろくろく知らず育ったが、王とはこのような子どもで、このような、まるで神に祈りを捧げるような扱いを受けるものなのだろうか。確かに王都のあたりの干ばつはとりわけ深刻で〈王殺し〉自身も水が飲める場所すらなかなか探せずにいる有様だが、だからといってあんな頼りない子どもに祈って雨が降るようにはとうてい思えない。  戸惑っているうちに時間が来たのか〈少年王〉は再びバルコニーの奥に姿を消した。中庭に集まっていた大量の民衆もばらばらと王宮の出口に向かいはじめる。そこで〈王殺し〉はさっきの歓声とはまったく異なる声を聞いた。 「しかし、どう思う? あの〈少年王〉。もう百日も雨が降っていないぞ」 「そう言うな。王は神でありこの国そのものなのだから、王の慈悲以外に雨を降らせる方法などないではないか」 「ならばなぜ雨が降らない。〈少年王〉が善に満ちた正しい王であれば、国をこのような苦難に追いやるものか」  至るところから聞こえてくるのは〈少年王〉への不信。雨を降らせる力をもつはずの彼が自らの役割を果たしていないから干ばつが起きている、人々の多くはそう信じているようだった。  だが〈王殺し〉にとっては干ばつよりはるかに大切なことがある。いくら気が引けようと、あの〈少年王〉を殺さなければ自分自身を取り戻すことができないのだ。
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