第4章 王殺し

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 あんなにも細くて柔らかそうな喉は、この鋭い獣の牙でひと噛みするだけで簡単にちぎれてしまうに違いない。王を殺すことは難しくはないだろう。しかしそう考える心はどんよりと重かった。 「おい、でかい野良犬だな。出て行け」  気づけば人々は王宮を去り〈王殺し〉だけがそこに取り残されていた。衛兵が近づいてきて、不審そうなまなざしを向けながら早くどこかにいけとばかりに槍をけしかけてくる。キャン、と情けない声を上げて〈王殺し〉は飛び退いた。  ここで武装した相手とやりあうのは得策とは思えない。いくら鋭い牙と優れた身体能力を持っていたところで一匹の獣にすぎないのだから、王宮の兵隊たちにかこまれればひとたまりもない。  いったん王宮の外に出て〈王殺し〉は考える。確かに向かい合ってしまえば、あんな子どもを殺すのは造作もない。しかしそれ以前に王宮の中まで入り込むのが難しそうだ。  今の自分はどこからどう見ても怪しい獣である上に無駄に図体は大きく目立つ。人々の話に耳を傾けるに毎日午後の同じ時刻に〈少年王〉はあのバルコニーに立つようだが、いくら〈王殺し〉の跳躍力が優れていたとしてもあんな場所まで飛び上がることはできない。  夜の闇に乗じるのが現実的だろうか。王宮の周囲をくまなく見て回れば、どこか警備の薄い場所があるかもしれない。そこから忍びこんで、夜のうちにどうにか目立たぬように〈少年王〉の居室を見つけることができれば、はたして。  とりあえず日が暮れるのを待つことにして、それまでどこか目立たない場所で少し休むことにする。路地裏、茂みの中、もしくは一度街の外まで出てしまうか——迷っているそのときだった。 「おい、ババア。誰の許可をもらってここで商売している」  大きな声が聞こえた。  獣の耳は人より聡いから、耳障りなだみ声は〈王殺し〉の耳にとりわけ暴力的に響く。声の方向に目をやると、道の片隅に布を広げてなにやら商売をしようとしている老婆を、一人の兵士が怒鳴りつけているのが目に入った。
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