第1章 少年王

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「陛下は生まれつきの王でいらっしゃる」 〈少年王〉は周囲からはずっとそう聞かされてきた。彼の左足首に巻きつく細い金色のアンクレットが王たる証明で〈少年王〉はそれを身につけたまま生まれてきたというのだ。  だとすれば十五年前に彼が生まれるより前には一体誰がこの国を治めていたのだろう。  もちろん〈少年王〉の前には別の王がいた。だが今となってはその王については一切の記録が残っていないのだという。  人々はそれを〈(ふる)い王〉と呼ぶ。旧い、というのは今の〈少年王〉と比較した場合の呼び名であるから〈旧い王〉には当時何らかの名前があったはずだ。しかし誰もその名を語ろうとしない。 〈旧い王〉の年齢や性別、風貌はどうだったか。それは〈少年王〉同様に若く美しい男だったかもしれないし、もしかしたら腰の曲がった老婆だったかもしれない。しかし今となっては、それらのすべてはどうでも良いことで、なぜなら三百日続いた日照りの後で〈旧い王〉は民の手によって焼かれてしまったからだ。  この国で、王は神である。世のすべてを司る神であり、それはつまり王が国そのものであるということだ。  この世のすべては王のもの、この世のすべては王に依るもの。民の喜びは、国の豊穣や富は王の善性ゆえに。民の悲しみは、国を襲う厄災や疫病は王の中の悪ゆえに。だから王はこの国のすべての喜びを、豊穣を、富を自らの功とする代わりに、悲しみを、厄災を、疫病を自らの責としなければならない。  長い日照りは王のため——それを裏付けるかのように〈旧い王〉が焼かれたときに立ち上った煙は大きな黒雲となり、降りはじめた長い雨は七日七晩続いて国中の大地を潤したのだという。  それから十五年が経つ。  そして——雨はもう百日もの間、降っていない。
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