第1章 少年王

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 憂鬱な時間が終わり、〈少年王〉はバルコニーを後にする。しかし務めはこれだけではない。むしろこれから先が一番大事な王としての本来の役割であるともいえる。  宰相が、筆頭賢者が、国の中枢で王を支える人々がやってくる。 「陛下、民の苦しみの声が聞こえましたか? これ以上日照りが続けば、ため池の水は尽き、川も井戸も涸れ、作物はすべてだめになってしまいます」 「既に雨は百日もの間降っておらず、王都の食料庫も底を尽きかけているとの報告を受けています」 「今日こそは、どうぞ王の、神のご慈悲を」  このように、毎日のように彼らは民の窮状を口々訴え、〈少年王〉に慈悲を請う。  しかし〈少年王〉は知っている。少なくとも王宮の食糧庫には、ここの人々だけでは三年かかっても食べきれないほどの食料が入っていることを。宝物庫には、遠く離れた隣国と貿易を行えば民がしばらくは生きていけるだけの水や食料を買うことのできる金銀や宝石が詰まっていること。 「あの、少しだけでも、ここの食糧庫から人々に分けるわけにはいかないだろうか」 〈少年王〉は彼なりの精一杯の勇気を出して言ってみた。「はい」「いいえ」以外の言葉を発するのなど数年ぶりかもしれない。だが誰一人としてその言葉に同意する者はいなかった。 「陛下、そのようなことをおっしゃってはなりませぬ。貯蔵された食糧には限りがあり、民すべてに行き渡るには到底及びません。中途半端な施しは混乱を生みます」 「そんなことせずとも、この国の空はあなたさまのお心、この国の大地はあなた様のお体。陛下の慈悲の心おひとつで、雨は降り大地は蘇るのですから」 「さあ、王としてのお勤めを」  そして、厳しい顔の宰相が一言付け加える。 「陛下、まさかお忘れではありますまい。長い干ばつの後で〈旧い王〉がどうなったか。あなたが慈悲の心を与えられなくなったときは、この国の存亡が試されるとき。そのとき民は新しい王を求めるでしょう。そういった民の不安こそが、ここのところの〈王殺し〉の噂となっているのではありませんか?」 〈少年王〉は返す言葉もなくうつむいた。  本当に自分が善なる王であれば、必ず祈りに応えて雨は降るのだと誰もが口を揃える。だったら今、必死の思いで毎日祈りを捧げているのに雨が降らないのは祈りが足りないからなのだろうか。それとも彼の持つ善性が足りないということなのだろうか。  そして、もしもこのまま雨を降らせることができなければ——それは〈少年王〉が悪に魅入られてしまっているからで、やがて自らも〈旧い王〉のように焼かれてしまうのだろうか。
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