最終章 王殺し

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「ギャンッ……!」  息が詰まるような衝撃に〈王殺し〉思わず口を縄から離してしまった。ちらりと背中を見ると黒々とした背中には槍が突き立っている。 「王が呼び出した悪魔の獣だ! そいつを殺せ! 構わん、一緒に火をつけてしまえ!」  宰相の声が聞こえ、次の瞬間には衛兵たちが手に持った松明をどんどん足元に投げ込んできた。薪の間にたっぷり敷き詰められた着火用の松葉に火が燃え移り、〈王殺し〉の足元で一気に炎が上がった。 「グルル、ウウ……」 「うなっても吠えても無駄だ」  パチパチと木の燃える音が激しくなる。自分の毛が焦げる匂いがする。煙がどんどん喉に入ってきて、息苦しくなる。それでも十字架は倒れないし〈少年王〉を戒める縄は切れない。  結局救えないのか。すまない、自分が現れたことで「獣と姦通した」などという恥辱まで負わせて、ひどい最期を迎えさせることになった。〈王殺し〉は半ばあきらめながら、心の中で〈少年王〉に謝りながら、それでも必死で固い縄に食らいつき続けた。  ふと、唾液で湿った縄から口が滑り牙が何か細い紐のようなものに引っかかった。煙の痛みにぎゅっと閉じていた目をうっすらと開けると、そこには〈少年王〉のアンクレットがあった。  生まれつき彼の足首に巻き付いていたという「王の証」。金色に輝く細い紐状の飾り。こんなものがただの赤ん坊だったはずの〈少年王〉を親や故郷から引き離すことを、十五年間も王宮の虜にして最後は人々の勝手な都合で残酷に焼き殺すことを正当化したのだ。そう思うと腹の底から怒りと憎しみが湧き上がり、〈王殺し〉は思いきり牙を立て、顎を振って「王の証」を噛みちぎった。  次の瞬間、鐘が鳴った。人々が驚いて天を見上げる中、二度、三度と大きな鐘の音が鳴り響く。 「鳴らずの鐘だ!」  誰かがそう叫ぶのが聞こえた。階段もなく誰も登ることができない北の塔にある、もう長い間鳴らされていないはずの鐘。かつては〈王殺し〉が目的を果たし、自身が新しい王に即位したことを示すために鳴らしていたという鐘——その鐘が今、どういうわけか王都中に鳴り響いているのだった。  だが〈王殺し〉にとってはそんなことはどうでもいいことだ。足元から燃え上がってくる炎は彼の大きな尾を焼き、今や〈少年王〉のつま先にまで届こうとしている。 「クゥン……」  なすすべもなく〈王殺し〉が〈少年王〉の美しい顔を見上げたときだった。  頰にぽつりと、冷たく濡れたものを感じた。
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