最終章 王殺し

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 色を失った顔にうっすらと微笑みが浮かぶのを確認して〈王殺し〉は心底安心した。それから〈少年王〉のびしょびしょに濡れた服を咥えてぐいぐいと引っ張る。  もういい。理由はわからないが、とにかく雨は降った。〈少年王〉がこれ以上自らを責める必要はないし、これ以上人々に対して重責を負い続ける必要もない。口がきけたらそう言っただろう。  いや、なぜだか今〈王殺し〉は自分の声が、言いたいことが〈少年王〉に届いているような気がしていた。そしてそれは思い違いではなかった。 「うん、そうだね」  微笑んだままゆるゆると上体を起こした〈少年王〉が、〈王殺し〉のずぶ濡れの毛皮を撫でた。  今ならば激しい雨が二人の姿をかき消してくれる。〈王殺し〉は姿勢を低くすると〈少年王〉に自分の背につかまるように身振りで促した。しっかりと抱きついてくれれば彼を乗せて走ることができる。  王宮の外へ、王都の外へ。  どこか遠い、自由な場所まで。  ひどく軽いようでとても大切な重み。それを背中に感じ、腹にしっかりと回された腕を確認してから〈王殺し〉は走り出した。  やがて王宮を出て、ひとけのない王都の目抜き通りを駆け抜けようとしたところで、天が割れるような轟音が響いた。驚いて立ち止まった〈王殺し〉の背中で〈少年王〉が呆然とつぶやいた。 「落雷だ。北の塔が、燃える……」  振り返ったのはその一度だけ。あとはただ、走り続けた。誰にも邪魔されず、〈王殺し〉は〈少年王〉を自由にするためにただ走り続けた。
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