最終章 王殺し

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 出血で感覚が麻痺しはじめているのか、すでに痛みは感じない。そのうち意識も遠くなりはじめる。  できるだけ目は閉じたくない。目を閉じると二度と開けないかもしれないから〈王殺し〉は必死で両目を開け続けようとする。少しでも長くこの少年の顔を見つめていたい。しかし弱り切った体には限界が訪れる。いよいよまぶたが閉じようとする瞬間、〈王殺し〉は〈少年王〉の手に金色の細い紐が握られているのを見た。  この少年を長い間戒めていた「王の証」の残骸。ちぎれた金色のアンクレット。それはよく見ると金属でも糸でもなく、細い枝で出来ていた。どこかで見たことのある金色に輝く枝。西の果ての森であの日不思議な声を聞いたときに、まだ人間だった〈王殺し〉の頭上で光り輝いていたヤドリギ——。  ひどい出血のためか、すでに〈王殺し〉の目は見えていない。だが耳は聞こえていた。そして〈王殺し〉の不格好な小さな耳は、以前聞いたのと同じ声を聞いた。  ──〈王殺し〉よ、ずいぶん遠くまでやってきましたね。  自分は夢を見ているのだろうと思った。あの日森で聞いた不思議な声が今再び〈王殺し〉に向かって話しかけていて、しかも〈王殺し〉は人間の言葉で返事をすることができるのだ。しかも、さっきまでひとつ息を吸うたび胸が破裂しそうな痛みがあったのに、呼吸はすっかり楽になっている。 〈王殺し〉は言った。 「ああ、遠くまできた。だが、悪いがあんたとの約束は果たせない。俺はこの小さな王を殺す気はない。人間の名前も、姿も俺にはもう必要がないんだ」  だが、意外にも声はさも可笑しそうに笑い出した。  ──妙なことを言う。おまえは約束通り王を殺したではないか。  その言葉に驚き、〈王殺し〉は泣きそうな顔で座り込んだままの〈少年王〉を確かめた。寒さと疲れで顔は普段以上に真っ白く、唇は紫色で震えている。だが、死んではいない。〈王殺し〉は確かに〈少年王〉をあの王宮から救い出した。殺してなどいない。 「何を言う。王ならばここにいる。弱ってはいるが、死んでなどいない!」  声の不穏な物言いに反感を覚え〈王殺し〉は強い口調で言いだした。すると声は諭すように続ける。  ──〈王殺し〉よ、お前も見ただろう。王は焼かれぬまま雨は降った。北の塔は燃えて、新しい王が鳴らす鐘はない。王が祈りを捧げる部屋も失われた。 「それが何だと言うんだ?」  この国が北の塔を失ったから、新しい王を立てられなくなったからなんだというのだろう。そんなことには一切興味はない。〈王殺し〉にとって大切のはこの〈少年王〉ただ一人だ。だが、理解できないことばかり告げられ苛立つ〈王殺し〉に、声は駄目押しのように告げた。  ──人々の歪な信仰は破れた。彼らはもう新しい王を立てることはできない。わかるだろう。この国の〈王〉は死んだ。そして葬ったのは〈王殺し〉、おまえだよ。
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