最終章 王殺し

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 鳥の声で〈王殺し〉は目を覚ました。いつの間にか夜になり、そして朝が来ていたようだ。  洞窟の入り口から太陽の光が差し込み〈王殺し〉と〈少年王〉のいる場所もうっすらと明るくなっている。固い地面に横たわり、しかし疲れ果てているからか〈少年王〉はすやすやとよく眠っている。  再びこんな近くで寝顔を眺めることができるとは思わなかった。言葉にならない幸福感に〈王殺し〉】は眠る少年の頰を舐めようと顔を寄せ、そこで、異変に気付いた。  言葉を話せない獣にとって舐めることは数少ない好意を表す手段だった。〈少年王〉の頰や手を舐めたのは一度や二度ではない。だから距離感が違うのはすぐにわかった。そして何気なく自分の体に視線を向けると——そこには、黒く醜い獣の姿はなかった。代わりにあるのは、獣に姿を変えられるまで二十五年間付き合ってきた人間の男の体だった。 「……まさか」  思わずつぶやき、自分の口から人間の言葉が出たことに驚いた。それどころかあんなにひどい火傷を負い背中を深く刺されたにも関わらず〈王殺し〉の脚にも背中にも傷跡は見当たらない。体はあの日、西の果てで不思議な声を聞いたときとまったく同じ状態に戻っていた。  確かに、意識を失う前に夢を見たような気がした。あの日王殺しを命じてきた不思議な声から「お前は約束を果たした」と言われる夢。あの声の言っていた「王殺し」とは、このいたいけな〈少年王〉を殺すことではなく、この国の歪な信仰によって作られた〈王〉の仕組みそのものを葬ること。  少年は「王の証」を失いもはや王ではなくなった。王宮の北の塔は祈りの間もろとも燃え、王を焼かずとも雨が降ったことで人々の信仰は崩された。それにより〈王殺し〉は約束を果たしたのだと、声は確かにそう言った。  そして事実、〈王殺し〉は人間の姿を取り戻したのだ。〈少年王〉を殺すことなしに、失ったものを取り戻した。思いもよらない旅の結末に一瞬喜びが湧き上がるが、次の瞬間〈王殺し〉は不安に襲われた。  人としての自分の姿は一般的な人間には威圧感を与えてしまうほどの大男で、しかも醜い。西の果ての村でも、生みの親からすら疎まれ誰からも愛されずに生きてきた。もちろん〈少年王〉は人間の姿をした〈王殺し〉を見たことはない。きっと目を覚ませば彼は、醜くおそろしげな大男が隣にいることに驚き、恐怖すら感じるだろう。
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