最終章 王殺し

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 同じ醜さでも、人と獣では違う。〈少年王〉が心を開いてくれたのも、優しくしてくれたのも、何もかも〈王殺し〉が獣の姿をしていたからなのではないか。不安は少しずつ確信に変わり、彼は自分を人の姿に戻したあの声の主を恨んだ。  もはや〈王殺し〉の世界は〈少年王〉のためだけにある。人の姿で彼に拒絶されるより、獣の姿で彼と一緒にいる方がどれだけ幸せなことか。  今なら逃げられる。〈少年王〉に拒まれ傷つく前に姿を消すことができる。〈王殺し〉はぎこちなく立ち上がろうとした。だが、獣の体に馴染みすぎていたのか、人の体を滑らかに動かすことができずに思わず足元の石を蹴飛ばしてしまう。  勢いよく飛んだ石が、洞窟の岩壁に跳ねて思いがけない大きな音を立てた。しまった、と思うがもう遅い。〈少年王〉が眠たげな目をゆっくりと開き、その大きな黒い瞳が〈王殺し〉を捉えた。 「あ……」  声が出なかった。  何を言えばいいのかわからない。どう振る舞えばいいのかわからない。まさか自分があの獣だったと伝えたところで信じてもらえるはずもないだろう。〈王殺し〉の背中を冷や汗が伝い、少しでも〈少年王〉を怖がらせたくなくて一歩、二歩と後ずさりする。  だが、きょとんとしたようにこちらを眺めている〈少年王〉は、怯えることも逃げることもなかった。気まずく視線をそらそうとする〈王殺し〉の瞳を追いかけるようにじっと見つめ、言った。 「……最初のときと同じだ」  そして、いつものあの笑顔を見せる。 「王宮の廊下で真夜中に会ったとき。あのときも驚いて怯えていたよね。大丈夫、何もしないからそんなに怖がらないで」
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