最終章 王殺し

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 体の熱が醒めると、急に乾きと空腹を自覚した。思えばもう二日ほど何も食べていない。おそらく〈少年王〉も似たようなものだろう。 「腹が減ったな。何か探してくる」  そう言って〈王殺し〉が立ち上がると、一人取り残されるのが心細いのか〈少年王〉もついてきた。  二人並んで洞窟の外に歩みでる。 「うわあ」  すっかり様変わりした世界に〈少年王〉が歓声をあげる。  ──そこは、待ちわびた雨の後。  空は青く澄み渡り、激しい雨の後で木々の葉は信じられないほどみずみずしく輝いている。地面のあちこちにできた水たまりは太陽の光をきらきらと反射して、やってきた小鳥や小動物が楽しそうに水浴びをしている。今はただぬかるんでいるだけの地面も、数日もすれば地中に埋まった種子から苔や草が芽吹くだろう。  すっかり生命の輝きを取り戻した森の姿に満面の笑みを浮かべた〈少年王〉だが、ふと王都の方向に視線をやり、少しだけ寂しそうにつぶやく。 「みんなは、何をしてるかな?」  あんな酷い目に遭わされたのに、もう「王の証」からは解き放たれたはずなのに〈少年王〉はまだ民のことを気にしている——〈王殺し〉はそれが気にくわない。だが、自らを焼こうとした人々のことすら気にかける優しい彼だからこそ〈王殺し〉は惹かれたのだろう。  この少年の心が完全に自由になるまでは、もう少し時間がかかるのかもしれない。〈王殺し〉がすべきことは急かすことではなく、ただ寄り添うこと。  王宮の外の何かもが物珍しいようで〈少年王〉は興味深そうに周囲を見て回り始める。危ないからあまり遠くに行くなと注意し、小鹿のように飛び跳ねる少年の背中を眺めながら〈王殺し〉はふと思う。  ──でも、この少年はこれからも俺にとっては王だ。俺に全てを与え、俺の全てであり続ける、美しい〈王殺し〉だ。  彼が王で、自分はたったひとりの彼の民。  ここから先にあるのはきっと、二人だけの国。 (終)
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