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先程見えたエルフの子供がこちらに走ってきて居た。突然で、害があるとは思えなかったから警戒が緩んでいた為とても驚くがその剣幕にどうにも逃げれない。
隣に立つそいつが口を押さえて顔を真っ赤にしている。笑うな。
それは濡れている俺の頭を撫でると言った。
「ねぇ!ゆうしゃさま!かわいいわんちゃんがいるよ!」
……ごめん、俺わんちゃんじゃない。
「わ………わんちゃ………うひゃひゃ………わんちゃん!!あひー!」
隣で立っているそいつの足を爪を出しながら踏むと「痛っ!」と言いながら笑いを抑え始めた。爪を出したからそれなりに痛いはずだ。
「このサザン、こんな少女に笑わされるなど……不覚っ!」
さらに俺にダメージを与えていくサザン様の足をもう一度踏む。
そしてその少女が言った「ゆうしゃさま」と言う言葉に、自然と少女の視線の先を追う。
顔の整った黒髪に黒目の、腰に美しい剣をぶら下げた少年がそこにいた。装備はかなり整っているようで、少し血で汚れて居たりするものの、全ての要素をひっくるめて美しかった。
勇者は、天の加護を授かった人物だ。
聖剣に愛され、聖なる力を持ち、とても強いそれは基本的にはそう易々と生み出される事は無い。
しかし今はその「基本的ではない」時期にあたる。
「セフィ、だめだよ。勝手に触っちゃ。……それにこの子狼の類だからね?」
と勇者はセフィと呼ばれたそのエルフの少女を嗜める。
そしてサザン様の方に視線を向けると申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい。この狼は貴方が飼っているんですか?」
そう聞いてくる。そして直ぐに勇者はしまった、と言う風な表情をする。
「あ、ごめんなさい……飼う、って言い方は適切じゃないですよね………相棒として一緒に居る方も居ますし………」
サザン様の方をとっさに見る。
「ん"っ………ふふ………い、いや、勇者様、この子の飼い主は………ふふっ……俺じゃないので………いでぇっ!」
サザン様の血の滲んだ足を更に踏みつける。笑顔を崩さないままサザン様は笑いをまた何度目か分からないが抑える。
「まぁ、気にしなくて良いですよ。ーー所で、勇者様はここで何をされて居るのですか?」
俺がサザン様の足を踏んだ時に勇者は目を丸くしたが気にせず、それに答える。
「いや、ね。もう直ぐ魔王の居る場所に着くだろうからさ……。仲間も充分に集まったし、僕含め全員を強化していかないと。ここが多分魔王の居場所に最も近いから、最後の街になるだろうし暫くは此処を拠点にダンジョンに潜ったりクエストをいくつかこなしておこうかなって思ったんだ」
ーー勇者は、魔王が誕生した時に誕生する。
聖剣が強く光り輝いた時。その時こそ聖剣が勇者を必要としているのだと、勇者が生まれたのだと、告げている時なのだ。
その聖剣を抜き加護を授かった存在。それが勇者。
魔王の目的は今までの記録にある限り世界の征服だ。魔の王。魔物や魔族の王。その強さは実際戦った勇者達にしか分からないがとても強いとされていた。
なぜ大体にでもその強さが分からないのか?
何故なら、魔王は勇者としか戦わない。勇者以外は魔王に辿り着くまでの魔物や魔族に確実に殺されるからだ。
しかも、勇者及びそのパーティーは過去全員一貫して魔王の強さに関する記述を残していない。
前の魔王誕生は何百年も前であるし、多少の記録は残っているがその魔王の強さに関する記述だけが意図したようにポッカリと無いのだ。
長い間それは議論されていたが数年前魔王が誕生し、勇者が選ばれ、その実態は暴かれようとしていた。
しかしそれにはあまり俺は興味はない。
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