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後ろをちらりと見るとどんどん距離を詰められているのが分かる。
速度をさらに上げる。
距離が少しだけ広まる。
門番に向けてサザン様が水の塊を魔法で作り出し高速で投げつける。
その隙に門を一気に抜けると、暗い草原が現れる。
広い。
ここに来る時通ったはずなのに今はとても広く感じる。
速度をぐんぐん上げて行く。もう限界だ。しかし距離は離れただろうと後ろを見る。
「うそ……だろ!?」
勇者も速度を上げてきていた。
まだ速くなれるのかよっ!?
体力も有限なのだ。この調子で逃げても追いつかれる。
「あらら〜。僕程度の魔法じゃ足止めすらできないだろうからなぁ〜」
言葉こそ気楽だがサザン様の声は焦りを帯び始めていた。
足が破裂しそうだった。
走る。走る。走る。
足が悲鳴をあげている。
距離は少しづつ、近づいている。
「何か……あんは……ないですかっ……!?」
そう背中のそれに問うが何も返って来ない。
足が、もう無理だと悲鳴をあげている。
痛い。が、止まるわけにはいかない。せめて、俺なんかの身よりもサザン様は守らなければ。
辛い。辛い。もう走れない。
自分でも信じられない程に速度を維持できている。しかし、もう無理だ、と何度も頭の中で反響する。
「エル、海だ。海が見えてきた。左に曲がれ。森があるはずだ」
それには答えない。いや、答えられない。
はぁ、はぁ、と息を切らしながらも左に進むと、森が見えてくる。
必死に走ると森に入る。
ここまでくれば追い掛けて来ないのでは、という考えはもうすでに打ち砕かれていた。あそこまでの執着心。森に入った程度では諦めないだろう。
体を重くする水が恨めしい。目に水が入る。
距離はもう15メートル程だった。
そのまま進む。森の奥の方に来ると、ある考えを思いつく。
もうこうなったらどうにでもなれ、と崖の方に走る。森の奥の方に来た為、かなり高い崖が見えるがその下は海の筈だ。
もう真後ろだった。
「待てっ!」
勇者が尻尾に手を伸ばす。
もうその時には、崖から飛び出ていた。
下には嵐で荒れている海。
「サザン様っ!サザン様だけでもお逃げにっ!」
なんとか自分が下になって衝撃を抑えようとしながら一緒に落ちて行く。
「うそっ!?エル!エルは!?ちょ、ちょっとまっ………」
全身に衝撃が走る。痛い。冷たい、ではなく、痛い。感覚が麻痺しているのだ。冷たすぎる。
こんな状態の海だがサザン様ならば何とかあるじの居る場所に帰れるだろう。
流れに飲まれる。
サザン様が此方へ手を伸ばすが、無駄だ。それに自分を助けたとしても、一緒に行くのは無理だろう。
呼吸がうまくできない。
呼吸をしようとすると海水が入ってきて、むせてしまう。すると更に空気が欲しくなりまた呼吸をしようとして……悪循環だ。しかもどうにかしようにももう既に疲弊しきっている身体は上手く動かない。冷たいのもあるだろうが、疲れも大きい。
意識が遠のいて行く。
「エル!エルっ!」
呼ぶ声が聞こえるがどうにもできないまま意識は薄れて行くばかりだ。
エル、と呼ぶその声を皮切りに意識は途絶えるのだった。
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