6. 夏色迷走

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 剣城高校の天文部は月一回ほど、園芸部が帰宅した後、この空中庭園で天体観測を行っている。しかし8月下旬の合同天体観測には、天文部が園芸部を招待して、星を観察するのが恒例行事となっていた。  もちろん、天音は小躍りで参加表明している。けれど園芸部に入ったことに渋い顔をする、母の梢が何と言うか。  職員室にいる顧問の泉に相談しに行くと、彼は厚みのある黒縁の眼鏡をかけ直して、天音にやんわりと聞き返した。 「帰りは駅まで集団で帰ることになっている。それでも駄目だろうか」 「母は言い出したら聞かないタイプです。勉強に集中してほしいからと、私が園芸部に入ったこともあまり快く思っていません。私の家は父がいないので、あまり母との間に波風もたてられないのです」  天音は困った顔で、まだみちるたちにも話していない本音を口にした。  3年生の担任である泉とは今まで面識がなかったが、面倒見がよく人当たりの良い教師だと評判は良かった。園芸部員が彼を慕っているとおり、天音にも信頼できる大人だと思えた。  悩み事も、泉の前ではすらすらと言葉に出来てしまい、自分自身でも驚く。 「分かった。それなら、綿貫さんのお母さんには、俺が直接話をしてみよう」 「本当ですか?」 「女の子のいる家庭なら、夜間の外出を心配されるのはもっともな話だ。綿貫さんが楽しみにしているのなら、参加してほしい。顧問である俺が説得してみよう」  参加してほしい。その言葉に、感謝の気持ちが一杯になった。  思えば大人の男性に頼る機会のなかった天音には、初めて信頼を寄せられそうな相手だった。泉なら、頑固な梢の心を溶かしてくれるかもしれない。
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