八―四

14/14
前へ
/214ページ
次へ
「はぁ、はぁ、はぁ、お疲れ……お疲れ様です! すみません、急用があるので今日はお先に失礼します!」 「お、おぅ。お疲れ」  事務所にはすでに、所長と数名の営業しか残っていなかった。帰社するなりタイムカードに打刻する私に驚きながらも声をかけてくれた所長に頭を下げ、私はまた階段を駆け下り怒涛の勢いで退社した。 「もうこんな時間……回り道して高速を使うよりは国道を真っすぐ行った方が早いか。いやでも……」  車に乗り込んでディスプレイの時計を見ると、時刻は既に19時45分。県西部に位置するウルティ・グランホテルは、ここからだと高速を使っても一時間近くかかる。椋木さんが余裕を見て19時から食事を予約していたとしても、こちらが到着出来る時間は確実に20時半以降。もしそれより早く開始したとしたら、食事が終わるまでには現地に辿り着けない可能性が高い。そうなると、本当に栗原さんに教えてもらった部屋番号が役に立ってしまう訳だが。 「いや、確実に時間が読める高速で行こう。少々飛ばして――」  駐車場を出る直前、先程まで私が乗っていた社用車の前を通り過ぎる。その助手席にはまだ栗原さんが座っており、スマートフォンから発せられる光が彼女の顔を青白く照らしていた。もしや本当に椋木さんに? ――いや。 「……想像で行動を制限するな。何度もそれで失敗したじゃないか」  自分に言い聞かせ、一瞬緩みかけていたアクセルを踏む足に再び力を入れる。行かなければ――  栗原さんに見せてもらった、レストランで笑う杉岡さんのあの表情。あの顔は、杉岡さんの笑顔じゃない。杉岡さんではなく、の彼女の仮面だ。あれを見た瞬間、私には彼女が助けを求めているように見えて仕方なかった。思い違いじゃない。私には――私だからこそ分かるんだ。馬鹿な事をしている自覚はある。だが、行かなければ。  待っていてください、杉岡さん。        つづく
/214ページ

最初のコメントを投稿しよう!

359人が本棚に入れています
本棚に追加