九―一

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「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」 「いえ。あの……」 「失礼いたしました。では記帳いただいて、身分を証明できるものをご提示頂けますでしょうか。今でしたら30分程お待ち抱ければお席をご用意出来ますので――」 「あ、いや、そうではなくて……」  レストラン『プレジー・ギャルソン』は思いの(ほか)本格的な仕様だった。県内有数の高級ホテルに併設してあるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、入店して二人を探そうと思った矢先にフロントスタッフに声を掛けられ止められてしまった。 「あの、すみません。実はこちらで知人が食事をしていると思うのですが……」 「なるほど、失礼いたしました。お知り合いの方が来られたと、そのお客様にお声をおかけしましょうか?」 「いいいいや、いいですいいです! ……あの、予約していて、ここにいるかだけでも確認したいのですが」 「……かしこまりました。お調べ致しますので、お名前を頂戴して宜しいですか? あと念の為、お客様のご記帳と身分証の提示もお願いいたします」 「あ、はい、椋木……木偏に京と樹木の木で椋木、です」  フロントスタッフは怪訝な目つきでこちらの顔を覚える様に私を凝視すると、レジと一体化した端末を操作し始めた。――明らかに怪しまれているが無理もない。だが今は恥だの体裁だの言っている場合ではないんだ。そもそもここに来た時点で、相当馬鹿げた事をしているのだから。財布から免許証を取り出し、レジストレーションカードの様な用紙に記入する。 「椋木様…………ええ、ご予約いただいていますね。ですがもう、お食事は済まされているようですけど」  ――やはり遅かったか。それとも本当に栗原さんがMesseを……いや、彼女に限ってそれはないと思いたいし、どのみち食事の邪魔をする訳にはいかなかった。とにかく二人は既に、ホテルの部屋の方へ行ってしまっている。本当に栗原さんから聞いた部屋番号が役に立ってしまうとは思わなかったが、こうなったらもう行けるところまでいくだけだ。スタッフに免許証を提示し、記入したカードを手渡しすぐ移動できる態勢を作る。
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