九―二

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「ふぅ、悪い悪い。つか、はえーよ、来るのが。本当はホテル出たところでお前にMesse送ろうと思ってたのにさ。どんだけぶっ飛ばして来たんだ?」 「時間との勝負だと思ったので。それに、師匠の教えを守っただけです。『行動は常に早く』。今回は漢字が違いますけど」  この言葉に私は支えられ、これを根幹とし、そして今もその言葉に背中を押されている。だから今こそ、それを授けてくれた人に尊敬の念を込めて返すんだ。自分を侮らず、一人の男として見てくれている相手から、杉岡さんを取り戻す為に。 「ふふ――そうだよな。お前には何度も口酸っぱく言ったもんな。……んで、杉岡ちゃんならそこの部屋にいるよ。勿論何もしてない。はな」  言葉の最後で椋木さんは意地の悪そうな顔をする。恐らく彼なりの駆け引きなのだろうが、それには付き合わずに今の状況の確認の方向に話を持っていく。 「部屋に……そうですか。しかし今、ホテルを出てからと……?」 「ちょっとタバコを切らしてな。近くのコンビニまで買い物さ。――それはそうと、栗原から聞いたよ。あいつの事、振ったんだって?」 「いえ、振ったというか……」  栗原さんから――やはり、彼女は虚偽の報告をするような人ではなかった。しかし、会社の駐車場での出来事を椋木さんに伝えるとは。そこまでは予想がつかなかった。 「もったいねぇなぁ。あんないい女、中々いないぞ?」 「――っ! だったら……」  先程から燻ぶっていた感情――栗原さんを傷つけておきながらその事を気にも留めない彼への怒りが一気に高まり、激しく燃え上がる。私は相手のペースに踊らさている事を自覚しながらも、彼女の想いを軽んじる椋木さんに鋭い言葉を放ってしまう。 「だったら、椋木さんが彼女にそう言ってあげたらいいじゃないですか! 栗原さんは……」  ここまで言ったところで、言葉に詰まる。普段栗原さんが椋木さんに対してどの様な態度を取っていたのかは分からないが、それでもきっと核心に触れる言葉は伝えていないだろう。それを第三者の私が下手に口にしてはいけないと思ったからだ。だが―― 「あのさ、桑野」  椋木さんは上げていた口角を戻し、真剣な――というより困ったような表情を浮かべる。そして私を諭すように言葉を続けた。
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