九―三

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「それは……杉岡さんを助けに。最後まで独りよがりの可能性は捨てきれませんでしたが」 「助けに?」 「今日、レストランで椋木さんに写真を撮られたでしょう? どうやらそれを栗原さんにMesseで送ったらしく、彼女を通して見せてもらいました。その杉岡さんの顔を見たら――無理して笑っている様に見えてしまったんです」 「あの写真……そんな顔してたんだ」 「ええ。決して私に向けて送られたものではない事は分かっていましたが、それでも自分には杉岡さんが助けを求めている様に見えて仕方なかった。だから……少しだけ馬鹿な事をしてみました」 「……ううん、馬鹿じゃないよ。ありがと。凄く……凄く嬉しい。この前の忘年会の時と同じだね。桑野さんは、いつもそうやって私の……あ、ボクの事を――」 「言い直さなくても大丈夫ですよ。それに気付いていなかったのかもしれませんが、先程から杉岡さんは何度か、自分の呼び方が『私』になっていました」 「ええ!? ほ、本当? う……うわぁぁぁ気付かなかったぁぁぁ……」  彼女の中ではそれほど意外な事だったのか、ずっと掴んでいた私の手を離して、両の掌で自分の顔面を覆う。だが隠し切れない露出した部分が、みるみるうちに紅く染まっていく。 「あの……杉岡さん? そこまで恥ずかしがることでも……」 「ううぅ……だって……」  顔を隠したままの杉岡さんは、ふるふると首を振りながら自らの膝の上に倒れこむ。そんな大袈裟な……と思ったが、これまで彼女から聞いた話から(かんが)みれば、至極当然の反応なのかもしれない。そう、気付いてしまったのだ。この一人称こそが杉岡さんが自らを守る、なのだと。 「お気持ちは……多分ですが分かります。――ですが、これからもそうやって恥ずかしがっていられては、こちらが困ります」 「でも……じゃあ、もう間違えないように――」 「そうではなくて」 「え……?」  こちらの意図を汲み切れずにキョトンとしている杉岡さんから一度目線を外し、深い深い深呼吸をする。きっかけはもう投げ込んだんだ、もう後戻りは出来ない。今度こそ――今度こそ絶対にだ。
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