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「OKしてくれてありがとう」と? いや、少し違う気がする。では今思った気持ちを素直に「あなたは綺麗です」とか? いやいや会話的には何の脈絡もないじゃないか。どうせ言うならば男として、もっとこれからのケジメ的な一言を――
「えっと……涙拭いていい? お化粧落ちちゃう」
「あ、ああ、す、すみません!」
「ううん、ごめんね。――ありゃりゃ、手が真っ赤になってる。桑野さん、すっごく力強く握ってくれてたもんね。……でも、それも嬉しかったよ?」
「申し訳ない……つい力が入ってしまって」
「ふふ――」
杉岡さんはひらひらと手の裏表をこちらに見せてくれた後、鞄から取り出したハンカチで自らの涙を拭う。ああもう、情けない。この程度の事にも気が回らないとは。こんな事ではこれから先、本当に彼女を幸せにしてあげられるだろうかと我ながら不安に思ってしまう。
「桑野さん……ってさ」
「はい。何でしょう?」
一人勝手に落ち込んでいる僕の心境を察して気遣ってくれたのか、杉岡さんは話題を変えてくれようとしている。ハンカチを仕舞った彼女の位置は、先程より少しこちらに寄っているような気がした。
「どうして今まで、自分の事『私』って呼んでたの? お客さんとお話する時は分かるけど、誰と話す時もそうだったよね?」
「ああ、それは別に大した理由では……それに親の前では普通に『僕』と言いますよ」
「あはは、やっぱりそうだよね。私は久しぶりに会ったママに『ボク』って言ったら、最初はちょっと驚かれたもん」
「杉岡さんはお母様にも……そうなんですか。――それで、僕の方ですが。外で『私』と名乗るのは、ただ単に少しでも相手に落ち着いた印象を与えたかったからです。この通り、見た目からどうしても子供っぽくみられてしまい、個人的にはそれをあまり前向きに捉える事が出来ませんでしたから」
「そっか……何度も桑野さんの事、『可愛い』って言ってたのも良くなかったね。ごめんね」
「いえ、好意的に見て頂いていたのは分かっていましたから、多少複雑ながらも悪い気はしませんでした。ただ……最近は多少不公平さを感じていましたが」
「不公平? 私何か勝手な事言ってた?」
彼女の右手がまた胸へと動く。不安にさせて申し訳ないが、ここで布石を置いておかなければ依然と同じ失敗を繰り返してしまうかもしれなかったからだ。
「いえ、身勝手な事は何も。もし今後もそう思った時があれば、杉岡さんになら『可愛い』と評してくれても僕は構いません。――ですが、公平に僕の方も言わせてもらいます」
「え……?」
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