360人が本棚に入れています
本棚に追加
キスの後。そっと離れて目を開けると、瞳を閉じたまま紅潮した杉岡さんの顔が視界に飛び込んできた。少し遅れて目を開けた彼女は、こちらを見て少し吹き出す。恐らく僕と同じような表情をしていたのだろう。互いの顔を見て笑い合った僕達は、もう一度小鳥が水を啄ばむ様な一瞬のキスをした。
「えへへ……桑野さ――」ブブッ!
杉岡さんの言葉を遮るように、彼女のスマートフォンが一瞬激しく震える。その振動に驚いた僕達の甘い空気はどこかに吹き飛び、杉岡さんは視線でこちらに了承を取ると、機器を拾い上げて振動の原因を確認した。
「あー……バッテリーが5%切ってる。今日ずっと充電できなかったから」
「車に戻れば充電器はありますよ。諸事情により往復で10分少々かかりますけど、それで良ければ取りに行って来ますよ」
「あ、ううん、充電器はあるの。あとはコンセントなんだけど……う~ん……」
鞄の中から充電コードを取り出した杉岡さんは立ち上がって辺りを見回すが、広すぎる上に景観を損ねない為なのか、一見してコンセントの差込口が見当たらない。しばらく悩んだ杉岡さんは、何かを思いついた様に簡易キッチンの更に向こうへと歩き出した。
「ベッドルームですか?」
「そうそう、大体ベッドサイドのランプの辺りにコンセントが……あったあった」
完璧にベッドメイクされた寝室のマットレスは、飛び乗る様に腰掛けた杉岡さんの体重にも音を立てずにその身を沈ませる。充電の開始を確認した彼女は何かの通知に気付いたようで、ポンポンと自分の隣のスペースを叩いてこちらに来るように促すと、慣れた手付きで文字を入力し始めた。
「丁度桑野さんがノックしてくれた時ね、そう言えばMesseが来てたんだけど、ママからだったみたい。『今日はいつ帰ってくるのー?』だって」
「そうですね。もう22時を回っていますし、娘さんも――」ピコーン♪
今度は自分のスマートフォンが鳴って僕の言葉を遮った。送り主は――
「椋木さん……」
「椋木主任から?」
「ええ。これは……杉岡さんに伝わっても良いんだろうな。ええと、『暇だから仕事しに帰るわ。お前も振られたら帰って来ていいぞー』と。これは……明らかに気を使ってくれていますね」
「椋木主任……迷惑かけちゃったね。――そうだ。このホテルのお金、椋木主任に払わないと」
最初のコメントを投稿しよう!