九―三

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「えへへ、娘ももう寝てるみたいだし、送っちゃった」 「お泊まり……」  お泊まりというと、ここで……か? それはそうか。そしてそれは勿論……、だよな? いやいや待ってくれ。告白や玉砕は覚悟してここには来たが、まさかその日にいきなり夜を共にするなんて事は流石に想定外で――いや、そうじゃないだろう自分。またここで彼女を無視して一人で考え込んでいるようでは、それこそ以前の失敗から何も学んでないじゃないか。とりあえず彼女の方を見ると―― 「……どうしよっか?」  彼女は既にスマートフォンをヘッドボードに置き、両手を後ろについて身体をこちらに向けている。『どうしようか?』という問いは、自分がリードしようと思えば出来るところを、敢えてこちらに主導権を握らせてくれる為のものだろう。そこまで彼女がこちらを想ってくれているのならば、僕は―― 「……? 桑野さん? どうしたのさっきから黙っ――きゃ!?」 「……すみません。どうしても今、杉岡さんを抱きしめたくなってしまって」 「ううん」  僕の胸に引き寄せられた杉岡さんは抵抗する事無く体を委ね、肩口辺りに顔を(うず)める。 「嬉しい。それに、桑野さんの匂い……凄く好きかも」 「僕もです。いつからか、もっと間近でこの香りを感じたいと思っていました。 「ふふ、そうなの? 汗臭くない?」 「いえ、全然。すごく甘くて、体の中を突き抜ける香りで――気をしっかり持っていないと、正気を保てなくなりそうなくらいで」  ふと、腕の中の顔が動いた。少し体を起こして杉岡さんを見ると、彼女も長い前髪の隙間からこちらを見上げていた。 「正気……保てなくなったら、どうなっちゃうの?」 「あ、いえ……今のは言葉のあやで……」
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