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九―四
「ふぁぁぁ…………え? あれ? 桑野さん? えっと、今……何時?」
「おはようございます。6時半くらいですね」
僕の腕を抱き枕代わりにして幸せそうに眠っていた杉岡さんは欠伸と共に目を開き、大きく開いた口を閉じた途端に狼狽する。そして何の確認のつもりなのか、自分の衣服の乱れ具合を調べる様に体を触り始めた。
「あの、私……昨日の夜、桑野さんにベッドでギュってされたところまでは憶えてるんだけど、もしかして……?」
「ええ。疲れてたんでしょうね。よく眠れましたか?」
「うそ? 私途中で寝ちゃって……ああああぅわぁぁぁぁ……」
――耐えた。耐えきったぞ。長かった……。
枕を抱えて顔に押し付け、半回転を繰り返す杉岡さんの背中からは、目に見えてしまいそうな程の凄まじい後悔の念が湧き出ていた。うつ伏せになってバタバタとベッドを蹴りつけるその様は、うちの会社の誰もが想像すらしていない姿だろう。
「いや、そこまでショックを受けなくても……」
「だって……桑野さんと初めてのお泊まりだったのに。それなのに一人で勝手に寝ちゃうなんて……」
「まぁ、今までも僕の前では何度も寝てましたけどね」
「う……はぅぁぁぁぁぁぁ……」
ほんの少しの意地悪を反省し、僕は彼女を宥めながら昨晩の事を振り返った。昨晩同様、杉岡さんの頭を優しく撫でながら――
――――…
2、1…………――
「0!」のタイミングで動き出すつもりだった。しかしここで、とある重大な事態に気付いてしまったのだ。
『あれ』がない。
あの、男女が関係を持つ時に装着する『あれ』を、僕は持っていなかった。そもそも一般的な大人は『あれ』を普段から持ち歩いておくものなのか? いやいや、それだと下心丸出しですよと自分で言っているようなものじゃないか。――どうする? いや、どうもこうもない、もう手遅れだ。――待て待て、落ち着け自分。こういう時こそ沈着冷静に、様々な行動プランをシミュレートしてみよう。そうすれば必ず突破口は見つかるはずだ。
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