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「昨日ね、パパのお墓参りに行った夢見てたの」
あれから約2時間後、僕達は自家用車に乗って地元を目指していた。起床後しばらく落ち込んでいた杉岡さんだったが、朝食ビュッフェに誘った事で機嫌を直し、食後にシャワーも浴びた事で涙の後も目立たなくなっている。その際、申し訳なさそうに「せめてシャワーくらいは一緒に入る?」と誘われた時はなんと言って断ったら良いかと流石に困り果てたものだが。
「そしたらね、お寺の和尚さんが何故か桑野さんだったの。びっくりしたけど一緒にお経唱えたよ、なんまいだーって。変だよねー」
「ああ、それは夢というか半分現実というか……お墓参りの邪魔をしてしまってすみません」
「なんで桑野さんが謝るの? 私の夢なのに」
不思議そうに覗き込んだ杉岡さんの姿が一瞬だけ視界に入る。服装は昨日――お互いのパートナーとの初仕事の日の朝と全く同じなのだが、その時とは髪の毛の艶や香りなど、女性らしさがまるで違って見えた。
「いえ……ところで、つかぬ事を聞くんですが」
「うん、なぁに?」
「昨日言っていた、杉岡さんがわざとだらしない自分を演じていた事についてですけど。例えば会社に出勤されていた時にボタンを掛け違えていたり、車内で日焼け止めを塗っていたのも、やはりあれも演技で?」
「ああ、あははは……」
いつもの誤魔化し笑い。どうやらこの仕草は素の杉岡さんのものらしい。
「えっと、朝ね。いつもギリギリだったり遅刻したりしてたでしょ? あれ、娘が出勤前に時々ぐずってたの。その相手をしてたら遅くなって、慌てて準備したらあんな感じになっちゃって……」
「やはり……そうだったんですね」
「で、でも今度からはちゃんとするから。人前でボタン外したり、日焼け止め塗ったりもしないよ? ……実を言うと、ホントは少し恥ずかしかったし」
「恥ずかしかったのはこちらも同じです。……まぁ、理由を聞いた今ならあの行動も理解できますけど」
「変な理由だけどね、あはは……でも今はもう桑野さんの彼女になったんだし、いずれはお嫁さんにしてもらいたいから頑張る。……昨日みたいな失敗も、もう絶対しないから」
言葉の最後に進むにつれ、彼女の語調は沈んでいった。やはり昨晩の事をまだ気にしているのだろう。気にして、か。そう思うと、杉岡さんはこれまで自分を守る為とはいえ、相当無理をしてきたのかもしれない。だったら――
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