九―四

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「すみません、半分冗談ですが、半分は本気です。以前話したでしょう? この車だと、いざという時に家族を守れませんから。買い替えるのはその為です」 「そっかぁ……じゃあ仕方ないよね。私も娘が安心して乗ってくれる車がいいし。普通車にするの?」 「ええ、中級程度の車にはしようと思っています。流石に胡桃沢さんが運転しているような高級車は手が出ませんが」 「へ?」  急に間の抜けた返事が飛んできた。丁度赤信号で停車したので何事かと左を向くと、(まさ)にそんな返事をしそうな顔の杉岡さんがポカンとこちらを見ていた。 「……どうしました?」 「あ、ううん。胡桃沢さん、車運転してたの?」 「ええ、BNWの限定モデルを。それが何か?」 「そっか……あの人、車の運転してたんだ。ふ、ふふふ――そうなんだ。ふふ、ふふふふ……ごめん桑野さん、ちょっと待って……」  どういう訳だか分からないが、口元を押さえた杉岡さんからは止めどなく笑いが込み上げてきている。ただそれは決して自虐的なものではなく、本当に可笑しくてたまらないといった様子だった。 「ふぅ……ごめんね。胡桃沢さん、敦也さんの方ね。多分だけど、実際は結構大変なんだと思う。ああ見えて、香苗さんには頭が上がらないんじゃないかな」 「まぁ、ほぼ一馬力で会社を動かしているようなものですからね。大変なのは分かりますが……頭が上がらないとは?」 「あの会社、香苗さんのお父さんの胡桃沢専務も役員で所属してるんだって。あと、(びゃく)(だん)の商品管理課に今でも仲の良い人がいて、教えてくれたんだけどね。色々なメーカーさんからの機材が白檀を通して、仕入れ価格そのままでウォールナットに納入されてるみたいなの。専務の指示でね」 「白檀規模の仕入れ価格で? そうか、専務の権力を使って、(ちょう)(あい)という形にして更に売価と仕入れ価格を操作すれば……」 「うん、多分そう。でもその代わりにきっと、敦也さんは胡桃沢専務にその分の役員報酬もしっかり支払なきゃだし、手元にはあんまり残らないんじゃないかな。でも胡桃沢専務の口添えが無いと原価が跳ね上がっちゃうから、とにかく薄利でも続けていくしかないんだと思う」
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