九―四

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 成程、ウォールナットの破格の謎がようやく解けた。日本有数の大企業である白檀はメーカーからの購入量も中小企業とはそれこそ桁違いであり、その分仕入れ価格も相当値引きされている筈。ただ白檀クラスになると、その巨大な組織体を維持する為には相応の利益も出さねばならず、顧客への販売価格の操作は上司の承認が必要など、簡単に上げ下げする事は出来ない。  しかし、胡桃沢の会社は違う。価格は取締役である本人が自由に設定でき、利益も最悪二人プラス役員報酬分だけ稼げたら何とかなる。勿論、口で言う程簡単な事ではないのだが……。 「この事は、椋木さんには?」 「ううん、言ってない。白檀で働いてた時の上司と結婚して、その後すぐに浮気されて離婚した、としか言ってないよ。もしかして、気付いてるのかな?」 「ええ、恐らく。『胡桃沢さんが元白檀の社員』と伝えた時に何かを掴んだ様な反応をしていましたから」 「そっか……椋木主任、ウォールナットを横領とかで訴えたりしないよね? 出来ればもう、あの人達とは関わりたくないな……」 「いえ、ウォールナットは白檀から購入しているだけですから、何も問題はありません。罪に問われるとしたらお父上の胡桃沢専務ですが……いくら横領が非親告罪とは言え、外部の者の推測だけでは警察も相手にはしてくれないでしょう。そもそも専務に直接お金が流れている訳ではありませんから、横領罪にもなりません。きっと、白檀にはメーカーとの年契達成の為の措置として、等と報告しているのではないでしょうか」  杉岡さんはふんふんと頷いているようだが、彼女が一度聞いただけで納得してしまうくらいこのシステムは良く出来ている。つまり我が社サクラシステムとしては、現行打つ手がないという事だ。出来る事と言えば、競争相手として出会わない事と、相手が自滅してくれるのを祈るくらいのものか。ところで―― 「ところで、さっきは何がそんなに可笑しかったんですか?」 「あ、えっと……聞きたくなかったらすぐやめるから言ってね? 敦也さん、私と結婚してた時、一度も自分で運転なんかしなかったんだよ。出勤する時も、プライベートでも。車に乗った途端にすぐ寝ちゃってね、家にも仕事持ち帰ってて話しかけづらかったし、あんまり夫婦の会話らしい会話も出来てなかったなぁ。今思えば、だけど」  ここで信号が青に変わる。出発時に左右確認をしていると、チラッとこちらの顔を窺う杉岡さんが目に入った。 「ごめんね? 前の旦那さんの話なんて聞きたくないよね?」 「いえ、大丈夫です。それに、今ので杉岡さんがよく車で寝ていた理由が分かりました。きっとそれも、ですよね?」 「うう……桑野さんのイジワル」  小さな唸り声をあげながら、杉岡さんは僕の太腿辺りにのの字を描く。つい、昨日の事だ。昨日の夜まで、僕は胡桃沢という人間を激しく憎んで軽蔑していた。だが今となってはある意味感謝しており、それどころか頑張れよと言ってやりたいとすら思えてくる。こんな素敵で可愛らしい女性、杉岡さんと巡り合えるきっかけを作ってくれたのだから。――彼女を幸せにしよう。そう何度目かの誓いを立てていると、緑地公園が左手に見えてきた。杉岡さんの家は、そのすぐ先だ。
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